神のすばらしい二つの創造
初めに神は天と地を創造された。
(創世記1:1)
聖書の語る神は、広大な宇宙と太陽と月と地球と人間を造られました。これが第一の創造です。太陽は地球に適度な光と熱を与(えて、生命誕生の舞台を準備しました。
月は夜の明かりと共に、地軸を安定させています。月が無ければ、地球は灼熱と凍結を頻繁に繰り返し、高度な知的生命は造られず、少なくとも「我々はいない」と言えます。
地球は水の惑星とも呼ばれ、生命の揺りかごになりました。現在数千万種の生物がいます。
人間はすばらしいことに「神のかたち」、すなわち、神と交わり、神を愛する性質をもつ者として造られました。ところが、人間は神に反抗し、神のかたちを醜いものに変えてしまったのです。それを罪と言い、私たちは罪から救われる必要がある存在なのです。
私は自分には罪などないと考えていました。ところが、18歳の時にバイクで交通事故を起こし、顔の頬の肉をえぐり取られて、罪がわかったのです。あまりに醜い傷に同級生から「フランケンシュタインのようだ」とからかわれ、自分に絶望し、若い恋人たちの後ろに唾を吐きかけ、彼らを呪っていました。
そんな時、聖書を読んで、主イエスの「あなたがたは白く塗った墓に似ている。外側は美しく見えるが、内側は死者の骨やあらゆる汚れで満ちている」(マタイ23:27) との御言葉によって自分の中に醜い罪(嫉妬・呪い・ののしり)があることに気づきました。
私は救われなければならない罪人だったのです。
パスカルのパンセの一節と聖者の御言葉によって胸を刺し貫かれ、涙を流して、救いを求めました。20歳の秋でした。主の十字架の愛を受け入れた時から、私の魂は新しく造り替えられ、喜びが湧きあがりました。これが第二の創造です。「キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです」(Iコリント5:17 新共同訳)
(「きぼう」5
月号)
(「きぼう」アーカイブ)
成長させてくださる神を信頼して進もう
総務局長 鈴木英夫
「私が植え、アポロが水を注ぎました。しかし、成長させてくださったのは神です。」(Ⅰコリント3:6)
2025年9月、ブラジル福音ホーリネス教団の創立100周年記念大会がサンパウロで開催され、出席させていただきました(その報告は本紙2025年11 月号掲載済)。その前に同教団の総会が本部のあるサンパウロの教会で開催されましたが、その合間を縫って、ルイス牧師にお会いするときをもちました。ルイス牧師は、名古屋城北教会の牧師館に住んで、伝道の働きの協力をしてくださっておられるルーカス宣教師の義父であられ、当時ルイス牧師は400以上の教会のある「ブラジル福音キリスト教会」の代表を担っておられました。先生は大変お忙しい中、車で90分程の道のりを走らせ、わずかな時間のご挨拶のために駆けつけてくださいました。総会出席者がごった返す中でしたので、荷物部屋の端のスペースしかありませんでしたが、佐藤委員長・新谷牧師夫妻・アドリアノ牧師夫妻と共にテーブルを囲んで、ルイス牧師にルーカス師の日本での働きのことをお伝えし、またルイス牧師からは、ルーカス師が娘さんとの結婚を申し込みに来られたときの様子を楽しくうかがいました。最後にルイス牧師が御言葉を開いて祈ってくださいましたが、そのとき開かれた聖書個所が冒頭の御言葉で、今年度の当教団の標語聖句となった個所なのです。
「牧師や宣教師には多くのなすべき働きがあるが、人の業が宣教を進めるのではない。大切なのは成長させてくださる神を信頼し、その御業に期待することだ」との先生のメッセージは、私たちの心に深く刻まれました。大教団の代表であられながら実に謙遜で、そして神のお働きを信頼しておられるルイス牧師の言葉を、私はその後も何度も思い起こします。
私たちの新しい年度の歩みが、この御言葉によって始められました。厳しい現実を前に、しかし主なる神の御業を期待しつつ、喜びと希望をもって出発しましょう。
2025年9月、ブラジル福音ホーリネス教団の創立100周年記念大会がサンパウロで開催され、出席させていただきました(その報告は本紙2025年11 月号掲載済)。その前に同教団の総会が本部のあるサンパウロの教会で開催されましたが、その合間を縫って、ルイス牧師にお会いするときをもちました。ルイス牧師は、名古屋城北教会の牧師館に住んで、伝道の働きの協力をしてくださっておられるルーカス宣教師の義父であられ、当時ルイス牧師は400以上の教会のある「ブラジル福音キリスト教会」の代表を担っておられました。先生は大変お忙しい中、車で90分程の道のりを走らせ、わずかな時間のご挨拶のために駆けつけてくださいました。総会出席者がごった返す中でしたので、荷物部屋の端のスペースしかありませんでしたが、佐藤委員長・新谷牧師夫妻・アドリアノ牧師夫妻と共にテーブルを囲んで、ルイス牧師にルーカス師の日本での働きのことをお伝えし、またルイス牧師からは、ルーカス師が娘さんとの結婚を申し込みに来られたときの様子を楽しくうかがいました。最後にルイス牧師が御言葉を開いて祈ってくださいましたが、そのとき開かれた聖書個所が冒頭の御言葉で、今年度の当教団の標語聖句となった個所なのです。
「牧師や宣教師には多くのなすべき働きがあるが、人の業が宣教を進めるのではない。大切なのは成長させてくださる神を信頼し、その御業に期待することだ」との先生のメッセージは、私たちの心に深く刻まれました。大教団の代表であられながら実に謙遜で、そして神のお働きを信頼しておられるルイス牧師の言葉を、私はその後も何度も思い起こします。
私たちの新しい年度の歩みが、この御言葉によって始められました。厳しい現実を前に、しかし主なる神の御業を期待しつつ、喜びと希望をもって出発しましょう。
(「りばいばる」5
月号)
「りばいばる」アーカイブ
その輝かしい生き方を次世代に伝えて
「だから、私たちは落胆しません。私たちの外なる人が朽ちるとしても、私たちの内なる人は日々、新たにされていきます。」(Ⅱコリント4:16)
去る3月の教団総会において、「新たな宣教と教会形成をめざして―受け継いだ実りを次世代の希望へ―」という、教団の改革案が決議されました。このような改革が迫られたのは、日本社会の少子高齢化という大きな変容によるものです。キリスト教界全体が著しくその影響を受けて教勢が低下し、これまで教会を担ってきた人々が高齢になり、世代交代を願いながらも、新型コロナの打撃が大きかっただけに、次世代の人々が定着できず、教会の新たな担い手が育てられてくることなく、存続が難しくなっている教会が少なからず起こっているからです。
この先どうなるのであろうと憂える中で、2月15日に上野教会において東京東部教区壮年会が行われ、上野教会員の中島總一郎兄が「輝かしき老年期」という題目で発題され、私は大きな励ましを得ました。年齢を重ねるごとに体力も思考も衰えるが、これまで積み重ねられてきた知恵と経験があり、老後は自由に使える時間がたっぷりとある。そして、何よりもクリスチャンは、上掲の御言葉にあるように、外なる人(外見の肉体)は衰えても、内なる人(霊的人格)は日ごとに新しく(成長)されてゆくと、老後の恵みにあふれた生活とその希望について、ご自身の体験を基に力強く語ってくださったからです。
だから、ご高齢の方にまだまだ頑張ってほしいと言いたいのではありません。ご高齢の方々が御言葉に親しみ、神の命に生かされて主と共に生き生きと歩んでおられることが、教会にとってどんなに大きな力であろうということに気づかされたのです。欠かさずに礼拝に出席し、多くのものをささげ、よく仕え教会を支えているのは高齢者の人たちです。要は、その魅力ある生き方、その信仰の継承ということです。その生きた信仰を、何としても次の世代に手渡してほしいのです。
私のこれまでの経験から言えば、信仰についての語らいは、年齢の隔てを超えるものです。あのマリアとエリサベトのように、年齢の隔てがあるがゆえに、日常の関心事にこだわらず、純粋に信仰の話ができるのです。よく高齢者によって戦争体験が小中学校の児童生徒に語られるように、どのようにして信仰に導かれたのか、その信仰の体験を若者に、小学生、幼児に語り伝えていただきたいと思うのです。
去る3月の教団総会において、「新たな宣教と教会形成をめざして―受け継いだ実りを次世代の希望へ―」という、教団の改革案が決議されました。このような改革が迫られたのは、日本社会の少子高齢化という大きな変容によるものです。キリスト教界全体が著しくその影響を受けて教勢が低下し、これまで教会を担ってきた人々が高齢になり、世代交代を願いながらも、新型コロナの打撃が大きかっただけに、次世代の人々が定着できず、教会の新たな担い手が育てられてくることなく、存続が難しくなっている教会が少なからず起こっているからです。
この先どうなるのであろうと憂える中で、2月15日に上野教会において東京東部教区壮年会が行われ、上野教会員の中島總一郎兄が「輝かしき老年期」という題目で発題され、私は大きな励ましを得ました。年齢を重ねるごとに体力も思考も衰えるが、これまで積み重ねられてきた知恵と経験があり、老後は自由に使える時間がたっぷりとある。そして、何よりもクリスチャンは、上掲の御言葉にあるように、外なる人(外見の肉体)は衰えても、内なる人(霊的人格)は日ごとに新しく(成長)されてゆくと、老後の恵みにあふれた生活とその希望について、ご自身の体験を基に力強く語ってくださったからです。
だから、ご高齢の方にまだまだ頑張ってほしいと言いたいのではありません。ご高齢の方々が御言葉に親しみ、神の命に生かされて主と共に生き生きと歩んでおられることが、教会にとってどんなに大きな力であろうということに気づかされたのです。欠かさずに礼拝に出席し、多くのものをささげ、よく仕え教会を支えているのは高齢者の人たちです。要は、その魅力ある生き方、その信仰の継承ということです。その生きた信仰を、何としても次の世代に手渡してほしいのです。
私のこれまでの経験から言えば、信仰についての語らいは、年齢の隔てを超えるものです。あのマリアとエリサベトのように、年齢の隔てがあるがゆえに、日常の関心事にこだわらず、純粋に信仰の話ができるのです。よく高齢者によって戦争体験が小中学校の児童生徒に語られるように、どのようにして信仰に導かれたのか、その信仰の体験を若者に、小学生、幼児に語り伝えていただきたいと思うのです。
(「りばいばる」視5
月号)
(「りばいばる」アーカイブ)
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