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2017年

あなたは愛されています

 
教団委員長 島津 吉成

 
 巻頭言でも書かせていただきましたように、今年度は、「『神の宣教に仕える教会』逆転の神を見上げて ―たくましく、しなやかに―」を標語に掲げて進んでいきたいと願っています。神は御国の完成を目指して、今も力強く宣教の働きを進めてくださっています。私たちはその神を見上げて、「主よ、あなたの宣教の御業のために私たちを用いてください」と祈りつつ、今、この時代の中で、それぞれの場にあって、神の宣教に仕える教会を形成していきたいと思います。

 そのための第一歩として、まず私たちが神をどのように理解し、受け止めているか、ということから始めたいと思います。「あなたにとって、神さまはどのようなお方ですか」ということです。神さまは大きなお方ですから、いろいろな受け止め方、表現の仕方があると思いますが、やはり一番大切なことは、「神は愛なり」ということでしょう。
 
 テーオドール・ボヴーという人が牧会ということについて、こう書いています。「一人一人に向かって、神の国の一員として語りかけ、キリストが彼を愛していることを知らせる、これが牧会である」(「魂への愛と慰め」)。これは、私が大切にしたいと思っている牧会についての言葉です。「キリストが私のことを愛してくださっている」、そのことを受け取ることができたら、神の子たちは健やかに育ち、教会は健全に成長・成熟していくことができるというのです。
 
 キリストが私のことを愛してくださっている、これはよくわかっていることのように思いますが、実はそうではない、とヘンリ・ナウエンは言います。「自分が、一切の条件なしに、限りなく愛されているということを知っている人は、本当に少ないのです」(「イエスの御名で」)。私たちは、自分でいろいろな条件を作ってしまいがちです。そして、その条件に届かない自分に失望し、そんな私は神さまの愛から外れてしまっている、と思ってしまうのです。また、自分の心の中にある醜いものを、こんなものがあると神さまは愛してくださらないと思って、自分の心にふたをして隠そうとします。そうすると、神さまとは表面的な交わりしか持てなくなってしまいます。
 
 「あなたは愛されています。何も恐れることはありません。神は愛をもって、あなたの心のもっとも深いところをかたち造られ、あなたを母の胎の中で組み立てられたのです」(詩篇139:13参照)(ヘンリ・ナウエン「イエスの御名で」)。この言葉を、この一か月、味わってみていただけますか。きっと素晴らしいことが起きると確信しています。

信仰による義人は生きる

 

「神の義は、その福音の中に啓示され、信仰に始まり信仰に至らせる。これは、『信仰による義人は生きる』と書いてあるとおりである。」 (ローマ1:17)
 
 3月にもたれた第54回教団総会において、新しい教団委員長が立てられ、新年度の歩みを始めました。ルターによる宗教改革から500年となる今年、前身の東洋宣教会から、東洋宣教会ホーリネス教会として歩みを始め、ちょうど100年となります。新しい力を得て、歩み出す私たちでありたいと願います。前教団委員長としてのこの4年間の歩みを、祈りとともにお支えくださり、心から感謝いたします。1年目は「共に」、2年目は「喜んで」、3年目は「主なる神は私の力」を掲げ、主に信頼し、信仰によって主の御心に「生きる」(4年目)、を御言葉を通して与えられた主からの光(キーワード)として、教団委員をはじめ、同労者の先生方とともに進んできました。主よ、何故でしょうか……と問わざるを得ない、出来事や進展を前に、いつも立ち帰らされるのは、ハバクク書の御言葉でした。「義人は信仰によって生きる」。教団委員長の任を受けるに当たって、主から与えられた御言葉です。この主への信頼なくては、歩み得なかった日々でもあります。その中で、主は希望を見せてくださいました。(ユースジャム等における)青年
たちの霊的成長、(牧師先生方のメッセージの研鑽により)御言葉に整えられていく
各個教会、主からの知恵をいただき展開されるさまざまな伝道、国内外における協力
関係(宣教協力)……主の御前に生きる、主の聖徒がいるかぎり、主のみわざは前進
します。日本ホーリネス教団を日本の地に置いていてくださる主は、大いなる期待
を持って私たちの教団を用いようとしておられるのだと肌身に感じた4年間でした。これからも、主のみわざは進むでしょう。「しかし、わたしは主によって楽しみ、わが救の神によって喜ぶ。主なる神はわたしの力であって、わたしの足を雌じかの足のようにし、わたしに高い所を歩ませられる」(ハバクク3:18~19a)。新教団委員長、新しく立てられた教団委員と「これを琴に合わせ、聖歌隊の指揮者によって歌わせる」とあるように、ともに心を一つにして賛美し、告白する者でありたいと思います。教団とは、ともにそれができる共同体なのです。これからも、ともに喜んで主なる神は私の力であると主に信頼をし、信仰によって主の御心に生きる教団の一員でありたいと願っています。ありがとうございました。
 

神のみ顔を仰ぎつつ生きる

 

「昼には、主はそのいつくしみをほどこし、 夜には、その歌すなわちわがいのちの神にささげる祈がわたしと共にある」(詩篇42:8)。
 
 新年度を前に、卒業・異動の季節が近づいてきました。開かれた次のステップに移る希望とともに、何が待ち受けているのだろうとの不安も心に去来します。主によって導かれた感謝をもって今まで過ごしてきた、慣れ親しんだ場所を離れる寂しさもあります。この時期、毎年心に浮かぶ賛美歌があります。私が以前お世話になった、北米ホーリネス教団の教会のシニア会の方々が、好んで賛美されていた曲でした。「村の小さき教会」(新聖歌423番)です。その歌詞には、自分を育て導いてくれた場所への愛が溢れます。私を主に導き、心を燃え立たせ、献身の思いで立ち上がったこの場所。「主よ、私をこの教会に導いてくださり、礼拝を守らせてくださりありがとうございます。ここに、この教会がなかったら、今の私はいません」どんなに感謝しても感謝しきれない思いになる。 「日本で信仰を持ちました。もう帰ることもない故郷です。しかし、そこで礼拝をともに守った同胞(はら)からを忘れたことはありません。あそこにあの教会があったから、私は主に出会えたのです。今はみんな世界各地に散り散りになりました。しかし、どこにいても、ともに同じ主を慕い求めています。互いに頑張ろう、主が見ていてくださる」。その主への愛がこの曲を賛美する度に心に湧いてくるのです。

 今月、私はそれぞれ62年と65年の歴史を閉じることになる二つの教会で、この教会を愛して止まない方々とともに感謝の礼拝を守らせていただきます。時は流れます。その中で、主が私たちに求められる働きは違ってくるのでしょう。日の照る昼も、月星またたく夜も、あなたは「私の『時』」とともにおられます。状況が違ってくる中で、あなたが私に求められる働きは違います。しかし、変わることのないあなたがそこにいてくださいます。我が魂はあなたを慕い求めます。わがいのちの神よ。私たちにあなたのいつくしみを見させてください。詩篇42篇の詩人の思いと重なって、主を慕い求めます」。詩篇42篇の、この涙の祈りは、歴史の中でも後に詩篇126篇にあるような、大いなる主への賛美に変えられていきました。歴史の中においても主は、多くの信仰者の涙の祈りが積まれ、主を慕い求め続ける者たちに証詞を立てさせてくださることを、私たちも信じます。
 

幻は生きつづける

 
「これらの事の後、主の言葉が幻のうちにアブラムに臨んだ、『アブラムよ恐れてはならない、わたしはあなたの盾である。あなたの受ける報いは、はなはだ大きいであろう』」(創世記15:1) 
「この時、神は夜の幻のうちにイスラエルに語って言われた、『ヤコブよ、ヤコブよ』。彼は言った、『ここにいます』」(創世記46:2)
 
 学院デーに参加したある方が、「1901年と2016年の今と、どちらの宣教が難しいと思いますか?」との質問を持って帰ってきました。日本ホーリネス教団の創立者の一人であるミセス・カウマンの生涯を学ぶクラスで、東京聖書学院長の錦織寛先生から受講生に投げかけられた問いだそうです。カウマン夫妻の生涯を書いたB・H・ピアソン著『幻は生きつづける』(日本ホーリネス教団出版部)を見ると、日本へのビジョンが与えられた後、夫妻に「神は再び語りかけられた。『どの団体にも所属せず、わたしだけに頼って進め』と。『なんじらもぶどうぞのに行け、相当のものを与えん』……。初めに記したように、最初の献金がわずか25セントでは、普通の人なら絶望して投げ出してしまったであろう。しかし神は『……行け、……与えん』とお約束くださっている。夫妻にとって神の約束は現金と同じである」。こうして夫妻は船で長旅をし、1901年2月22 日、横浜の地に着くのです。「見なれない顔・顔・顔。忙しげに駆けまわる人力車。耳をおおいたいような激しい言葉。靴をぬぎ、床にすわり、畳の上に寝る珍しい習慣。低いテーブルで箸をつかう食事」。戸惑うことの多い、全くの異文化の中で始められた宣教活動でした。未知の地での伝道の開始という、その困難さを改めて読むときに、「備えられ、与えられている中で伝道ができる今の私」に気づかされました。昔のようにキリスト教に心を開かなくなった現代の人々……も一面でしょう。しかし、そのことを言い訳にするのなら、それは間違いだと示されました。いつの時代にも困難や障害はあります。しかし、変わることのない御方の御言葉の約束に従って生きる人生に間違いはないのです。このカウマン夫妻の主への信頼、御言葉信仰、宣教へのスピリットが、今の日本ホーリネス教団・東京聖書学院のルーツです。御言葉に従って生きた、一組の夫妻が蒔いてくれた種があっての、今の私たちです。今から116年前、そしてこれから116年後……時代を超えて、主は「わたしにだけ頼って進め」と招いておられます。どの時代にも、主に御声をかけていただいて、その導きに生きた者たちがいます。あなたもこの御方に生涯をかけていきませんか。
 

 主の励ましの中に生きる

       教団委員長 中西雅裕

 「主の使は彼に現れて言った、『大勇士よ、主はあなたと共におられます』」。
(士師6:12)
 

 昨年のユースジャム2016の中で、教団委員全員が挨拶をする時間がありました。ある人が、「東日本大震災の後、同じ地に住む若手が応援団を結成して、地域の方々をさまざまな場面で応援して励ましているそうです。辛いときエールがあるってうれしいですね」と言っていました。青年たちへ祈りのエールを送る応援団として、「フレーフレー、若者!祈ってる、エールーと大声で、教団委員が揃って応援したらどうでしょうか?」と提案されました。結局は応援団の格好はしなかったのですが、それぞれの地に、家庭に、教会に、職場に学び舎に遣わされる彼らに、「ガンバレー祈ってるから」という気持ちを伝えたいと今も思っています。

 

 さて、この士師記に出てくるギデオンは、敵の目を恐れて、酒ぶねの中で麦を打つような者でした。しかし、その彼に主の使いは、「大勇士よ、主はあなたと共におられます」と声をかけるのです。そうではない者を、そうだと言ってくださり、造り変えてくださる神がそこにおられます。この後のギデオンの歩みは恐る恐るです。しかし、その中で神さまはギデオンを励まし、導いてくださるのです。主の守りは確かです。偶像を打ち壊し、主の祭壇を築き直したときも、ミデアンびとを打ち破ったときも、不思議な守りと導きがそこにありました。主の言葉に素直に従う者を、神さまは支え続けてくださるのです。人の目にはなぜ?と思えることの中にも、主の御計画があるのです。また、その導きも、一人ひとりを良く知っていてくださる御方が、それぞれにふさわしい励ましをもってなされるのです。何と慈愛に富みたもう神さまでしょうか。

 

 「その夜、主はギデオンに言われた、『立てよ、下っていって敵陣に攻め入れ。わたしはそれをあなたの手にわたす。もしあなたが下って行くことを恐れるならば、あなたのしもベプラと共に敵陣に下っていって、彼らの言うところを聞け。そうすればあなたの手が強くなって、敵陣に攻め下ることができるであろう』」。(士師7:9~11b)

 

 この御方のもとで、主に従う私たちとしていただきましょう。この年、主は「大勇士よ、主はあなたと共におられます」とのエールを私たちに送ってくださっておられます。さあ勇気を出しましょう。主のために立ち上がりましょう。私たちは一人ではありません。天において何万の軍勢が私たちにはついているのです。主の兵士たちとして、この年も生きていきましょう。

2016年

神の契約のうちに生きる

 

教団委員長 中西 雅裕


       
「すると主の軍勢の将はヨシュアに言った、『あなたの足のくつを脱ぎなさい。あなたが立っている所は聖なる所である。』ヨシュアはそのようにした」(ヨシュア5:15)

 ヨシュアをリーダーとしたイスラエルの民は、主の約束された地に向かいます。「あなたがたが、足の裏で踏む所はみな、わたしがモーセに約束したように、あなたがたに与えるであろう」「モーセと共にいたように、あなたと共におるであろう」「見放すことも、見捨てることもしない」。主からの多くの励ましと約束とともに歩み行くヨシュアと民たちですが、その現状はそう簡単なことではありませんでした。しかし、その中で主はねんごろにヨシュアたちを導いてくださいます。主の導きに従うとはどういうことであるかを、その度ごとに教え、進ませてくださるのです。
1. 神の御言葉を通して、御心を確認すること。
2. 神の臨在の中で、主がともにいてくださる恵みを体験すること。
3. 妨げとなるものが示されたら取り除き、悔い改めの勇気を与えられること。
4. 一歩一歩従うことを通して、より深く主を知ること。
5. その主の恵みを噛みしめつつ、主の記念を心に刻むこと。
 教会に何人かの受験生がいます。彼らと祈り合う中で、彼らの押しつぶされそうになる不安との戦いをひしひしと感じます。「祈られているもんね。大丈夫だよね。でも、もし……」。彼らの正直な気持ちと向き合いながら、臨在の主を仰ぎ、将来を幸いへと導いてくださる主を信じて生きる者たちであることを、御言葉をともに再確認しています。献身の思いを持ちつつも、どのような形で進めばよいのかを迷いながら、新年度に向けて新たな歩みを祈っている者たちがいます。「ここまで主にお従いをしてきました。これからどうすればよいのでしょう。結婚とか……不安がないわけではないのです」。ヨシュア記5章では、ヨルダン川を渡ったヨシュアたちに主は語られます。そこはエリコまであと3km程の地です。城壁が見えたことで彼らに恐れも生まれたでしょう。敵前のこの地で主は語られます。「割礼を受けることをないがしろにしてはいないか?」「主との正しい関係が崩れていないか?」 そこをはっきりとするようにと言われるのです。そのことを通して、神の契約のうちに生きていることを再確認し、敵の前で主に感謝をささげる過越の祭を行うのです。その後、主の軍勢の将がともにいてくださることを見る目が与えられていくのです。主の契約のうちに生きる者たちのために、主がともに戦ってくださることを教えられていくのです。 
 この感謝をもって年の最後に、主からの整えをいただいて、新しい年へと歩み踏み出していきましょう。


 

神の憐れみと恵み深さに生きる

 

教団委員長 中西 雅裕

 
「そしてエリシャが祈って『主よ、どうぞ、彼の目を開いて見させてください』と言うと、主はその若者の目を開かれたので、彼が見ると、火の馬と火の戦車が山に満ちてエリシャのまわりにあった」(列王紀下6:17)
 
 ユースジャム2016で受けた恵みの証詞が止まりません。参加者数479通りの恵みがあります。 「1時間でも足りないっす。俺もっとしゃべれる。いや語りたい」。恵みの分かち合いが、聞いた者たちの心に更なる恵みを生み出していきます。「あの時決心したことを両親に話しました。来年、東京聖書学院に入学します」「迷っていた洗礼を、今度のクリスマスに受けます!」「よかった」「やったね!」。互いが互いを思いやり、愛する姿に、感動を覚えるのです。「ユースジャムに参加予定だったHちゃんがキャンセルに……。でも、期間中グループのみんなは彼女のためにも祈ったよ。だって、彼女も私たちの仲間だから! 神さまはきっとどこかで彼女に出会わせてくださるはず。その時、私たちは笑顔で彼女にこう言うんだ『Find You!』」。先輩たちのようになりたい。そういう願いが起こされた次世代がいます。すべてが御手の中にあることを感謝しつつ。

 また9月末には、神戸で第6回日本伝道会議が持たれました。日本と世界の宣教のために祈りの手を上げ、何か自分にできることはないだろうかと考える者約2100名が集い、熱気に溢れた4日間を過ごしました。日本ホーリネス教団からも77 名の牧師と約20
名の信徒、東京聖書学院の修養生が参加しました。それぞれのプロジェクトに分かれ、熱のこもったディスカッションがなされました。主に信頼し、立ち上がるきっかけを与えられ、教団・教派を超えた主にある協力関係を確認して帰ってきました。「テーマは、『再生へのRe -VISION 福音・世界・可能性』です。これは列王紀下6:17から取られたものです。強大な軍隊の前でたじろぐ若者の目が開かれ、信仰の目で同じ現実を見直すことができるようになり、そこから新たな展開が生み出されていきました。同じことが再生を求める私たちにも必要とされています。主の働き(福音)とそれが生み出したもの、置かれているところ(世界)、仕える姿(可能性)を見直す。福音とそのインパクトの素晴らしさを知るならば、喜びに押し出され、世界の現状を真正面から見据えることができる。可能性に目が開かれ、新旧のチャレンジに取り組むことができると信じてこのテーマとしました」(開催地委員会副委員長鎌野直人師)。そのとおり、次の目標に向かうため
の良き時となりました。私たちの生き方は福音の素晴らしい魅力を伝えているでしょうか。神の民として、神の憐れみと恵み深さを「生きる」のです。私たちの教団もこの日本と世界の宣教を真剣に考え、霊の目を開かれ、主のみわざに期待し、前進していきましょう。
 

 

喜びに満ちあふれ生きる

       教団委員長 中西雅裕 

 
 「わたしはあなたがたを大いに信頼し、大いに誇っている。また、あふれるばかり慰めを受け、あらゆる患難の中にあって喜びに満ちあふれている」(Ⅱコリント7:4)
 
 ユースジャム2016が、祝福の内に終わりました。「嬉しいね」「よかったね」の多くの感謝に満ちた報告がなされています。それぞれが主から語られたメッセージを受け取り、新たな思いで立ちあがり、各々の家庭に職場に学び舎に遣わされて行きました。主に置かれた場での、クリスチャンとしての生活です。世の中で「生きる」のは、ある意味戦いです。祈りのエールを青年たちに贈ります。
 
 南西教区の喜界教会からもお手紙をいただきました。
 
 「遠い離島からも、6名が参加させていただきました。8月8日の昼過ぎに飛行機で飛び立ち、夜8時過ぎに会場に到着し、前泊させていただきました。『FindYou』のテーマソングを口ずさみながら、大きな期待をもって臨みました。(中略)帰りはい11時頃、みなさんよりも一足早く羽田へと向かい、鹿児島空港からはリムジンバスで鹿児島市内に移動し、離島航路の『北埠頭』に急ぎました。しかし、予想外のことに、予約がいっぱいでその船に乗ることができなくなってしまったのです。私たちは次の船が出るまでの3日間を鹿児島で留まることになりました。『みんな、ごめんね』とわびながら、泊まるところを検討し、鹿児島武キリスト教会の洪美英先生に事情をお話しして、受け入れていただくことができ、心からのおもてなしをいただきました。子どもたちが喜んで滞在期間を過ごしてくれたことは、私の大きな慰めでした。一番嬉しかったことは、一人ひとりがユースJAMで歌った讃美をいつも口ずさんでくれていること、われ先にとお祈りをしてくれるようになったこと、イエスさまに対する信仰の目が開かれている姿に感動しました。……こうして楽しい8泊9日の旅は、16日(火)早朝4時半、11時間の船旅を終えて、それぞれの家族のもとに帰ることができました。ハレルヤー」
 
 何と、大変な思いをして……しかしそれを「帰りのハプニングはあったものの、すばらしい恵みを倍加された感動の旅となりました」と報告してくださる先生がおられるのです。このように全国から、この「ユースジャム」に期待をもって集まって来た若者たちのため、送り出すことのために労を惜しまなかった先生方や教会が教団にはあるのです。それを支えた同じ教団の教会があったのです。感動でした。この教団で良かったと言える幸せ。続けて次世代のために祈っていきたいと思います。
 

 

互いに協力し合いつつ生きる

教団委員長 中西 雅裕

 
「わたしたちも数は多いが、キリストにあって一つのからだであり、また各自は互に肢体だからである。」(ローマ12:5)

 教団として次のような協力体制が必要とされています。外国の教団や他教団との協力が宣教のみならず、災害時などの危機管理が必要な時においても求められ始めています。互いの特色を尊重し合いながら、ともに主に仕える者としてネットワークを築き、協力し合っていきたいと思います。主なる神のもとに集まる者としての働きのゆえに。
 
 ①日本宣教に多大な寄与をしてくださったOMSとのさらなる協力関係を継続していきます。またOMSクリスチャン・ミッションチャーチの働きも応援していきたいと思います。OMSが期待しているように、日本からもOMSの宣教師が起こるように祈り始めます。
②世界ホーリネス教会連盟(WH連)関係の諸団体との関係を深めていきます。
③北米ホーリネス教団とブラジル福音ホーリネス教団との協力関係を深めていきます。
④基督兄弟団とは歴史検証や青少年伝道、修養生訓練などの具体的な協力を進めていきます。
⑤日本福音連盟(JEF)内では、不測の事態に備えて説教者要請のための隠退牧師リストの作成や各神学校ができる協力の可能性を模索しています。日本福音同盟(JEA)内では将来の宣教協力や教会の統廃合などを視野に入れた情報交換を進めていきます。
 
 このような時流の中で、今月、第6回日本伝道会議が神戸で持たれます。次の理念のもとに開かれます。「私たちは、聖書信仰と教会の公同性に基づいて、教会・教団・宣教団体の宣教協力のためにさらに優れた態勢と環境を整え、また私たちの互いの交わりとネットワークをより活きたものとすることによって、実り豊かな福音宣教の働きを行うことを目指します。3・11を通して、福音の確認と宣教のあり方の再検討、また地域における新たな教会
協力の取り組みが進められています。私たちはこの危機の時代の希望であるイエス・キリストの福音宣教の使命を確認し共有します。現在行われている宣教の働きを振り返りつつ、互いの状況と情報を交換し、対話を深めることにより、新たな協力分野を見いだし、さらなる協力態勢を築く機会とします。宣教に携わる人々が励まされ、キリストにある交わりが深められ、ネットワークを活性化することによって、受け継がれてきた宣教のビジョンと働き
を新たな世代に継承します。日本の教会の歴史に大きな貢献をし、また阪神淡路大震災からの復興の途を歩んでいる国際都市神戸に集い、世界と日本の各地域における宣教のために祝福を祈ります。」
 
 教団としての歩みに沿った学びと交わりのできるチャンスとして、参加を勧め、協力します。日本の福音宣教のために!

 

神と人に仕え、生きる

教団委員長 中西 雅裕

 
 「わたしは、更に進んで、わたしの主キリスト・イエスを知る知識の絶大な価値のゆえに、いっさいのものを損と思っている。キリストのゆえに、わたしはすべてを失ったが、それらのものを、ふん土のように思っている。それは、わたしがキリストを得るためであり、 律法による自分の義ではなく、キリストを信じる信仰による義、すなわち、信仰に基く神からの義を受けて、キリストのうちに自分を見いだすようになるためである」(ピリピ三8~9)

 私たちの教団が大切にする「聖化」の実は、主権者なる神に心から喜んで従い生きることです。とても単純で、クリスチャンとしては当然のことなのですが、これが「主権者なる神に、『すべてをささげ』心から喜んで従い生きること」となると、難しさを覚え始めるのです。神さまが主権者なのだから、その御方にすべてをおささげするのは当然だと、頭ではわかっていてもなかなかできないのです。そして、自我に死ななければ、全き献身を喜ぶことができないのです。そして、自我に死ぬには、イエス・キリストの十字架の死によるみ業を信じて生きるほかないのです。イエス・キリストを見上げつつ、主なる神に仕える思いを忘れないようにしていきたいと思います。置かれている場の働きの中で、キリスト者として、
神と人に仕えていくことを大切に「生きて」いきたいと思います。「心から喜んで、主権者なる神に従い生きる」私たちの教団でありたいと思います。そのために、
 
①教会や信徒一人ひとりがどのように地域に仕えていくか、遣わされているところで使命をもって生きていくかを考えていきます。このために必要な学びや情報交換を行っていきます。
②今ある緊急支援対策室の働きを活かしつつ、災害時に迅速に対応できるようにさらに備えを充実していきます。災害に備えて防災ネットワークを築くために、近隣の教会との交わりを育てていくように各教会を励ましていきます。
③教団本部の土地・建物と東京聖書学院が、一教団のみならず、キリスト教界、日本や世界に仕えていくものとなるようにネヘミヤ・プロジェクトを進めていきます。

 夏に、各地で「聖会」がもたれます。その中で、今一度、私たちの信仰生涯の歩みを点検させていただきましょう。喜びや感謝が、主への愛と従順が、この世の中の何かに押しつぶされてはいないでしょうか? 各々整えられ、主に遣わされたいと思います。この夏、修養生のチームは熊本の被災地支援と、各地の教会奉仕に遣わされています。お祈りください。また、5月に北米ホーリネス教団から、ネヘミヤ・プロジェクトに多額の献金をいただきました。多くの期待の中で、世界に仕えていく教団でありたいと願います。
 

成熟を目指して生きる

教団委員長 中西 雅裕

「わたしは、神に生きるために、律法によって律法に死んだ。わたしはキリストと共に十字架につけられた。生きているのは、もはや、わたしではない。キリストが、わたしのうちに生きておられるのである。しかし、わたしがいま肉にあって生きているのは、わたしを愛し、わたしのためにご自身をささげられた神の御子を信じる信仰によって、生きているのである」(ガラテヤ2:19〜20)。

 今年度に入り、「生きる」をキーワードに書かせていただいています。感謝を捧げ、御言葉を信じ、福音を伝えつつ、成熟を目指して、神と人とに仕え、互いに協力し合いつつ、「生きる」大切さを覚えたいと思います。これは教団としての実際的な歩みを考える中での課題であり祈りです。私の罪のために死んでくださった、イエス・キリストの十字架の御わざを信じていく身の幸いは、義認・聖化・栄化へと私たちを導いてくれます。キリストと共に十字架に死んだ我が身は、キリストと共に生きる生き方へと変えられたのです。キリストが我が内に生きておられると告白しながら、喜びをもって、御言葉を信じて歩む私たちでありたいと思います。かつて律法にがんじがらめにされていた身が、律法の拘束から解き放たれ「律法に死んだ」ように、自分の考えや理解にこだわることに死に、キリストに生きる者たちとさせていただきましょう。私を愛し十字架の御わざを与えてくださった御方に育てられていきましょう。私たちはキリスト者として、教会として成熟していくことが御心として求められています。主なる神の御前に出るとは、礼拝であり祈りでもあります。整えられつつ、主の御前に生きるという、ホーリネスの本質を大切にする者たちでありたいと思います。お互いの信仰によって、孤立せずにともに励まし合えるような関係を築きつつ生きる教団でありたいと願っています。

 
①信徒の方々に、ともに任を負ってもらい、賜物を用いていただく機会を積極的に増やしていきます。
②箱根での夏季聖会をはじめ、各地でもたれる聖会を充実させ参加への呼び掛けを行います。
③「祈りの栞」をさらに充実させて毎年出版し、継続的に教団に属する各教会の祈りの課題を共有し、祈りのネットワークを築いていきます。この栞は神の家族という意識を強め、教団への帰属意識を育むものとなると考えています。
④キャンプ伝道を次世代育成の働きの一つとして、さらに重要課題として力を入れていきます。
⑤ユースジャムとその後のフォローアップの働きを全面的に支援し、全国規模で次世代の育成を進めていきます。

 

福音を伝えつつ生きる

教団委員長 中西 雅裕 

 
「神は、すべての人が救われて、真理を悟るに至ることを望んでおられる」(Ⅰテモテ二4 )
 
 私たちの教団は今までも、「伝道第一」を大切にしてきました。主を受け入れる場面に立ち会える喜びは最高の特権です。しかし、いつのまにか他の働きが優先され、福音を伝えることが後回しになっているのではないでしょうか。福音を伝えることこそ、私たちが最優先すべきものです。神の御心を考える時に、「神の情熱(パトス)」を抜きにはできません。その御心にお応えする各々でありたいと思います。この年、私たちには何ができるでしょうか。私自身、この「りばいばる」を通して、それぞれの教会が主から与えられた知恵を用いて、さまざまな方法を用いて伝道しておられるのを知り、励まされ教えられています。「あぁ、そういうこともできるかも知れない」とヒントが与えられると同時に、熱心に取りくんでおられる教会の方々の姿に、同じ主の弟子であるという兄弟愛を感じるのです。うれしい瞬間です。
 
 教団として「福音を伝えつつ生きる」ことを支えるために、次のことをお覚えくださり、お祈りにお加えください。
 
① 包括的福音理解のもとに、全人格的な関わりの中で宣教を進めていきます。
② 勧士候補者が増えるように、各教区で働きかけていただければと思います。いろいろなかたちの兼牧支援の方法を探ります。OMSが世界規模で展開しているCM(教会増殖)の学びを進めていきたいと思います。続けて新たな宣教師候補者が生み出されるように祈り、派遣していきます。
③ 孤立することなく、一緒に悩み、御心を求めて、教会に関わる共同牧会の道を探っていきます。
④ 証を携え、救いへの導きができる信徒の方々の育成を進めていきます。そのために「いのちへの道」の改訂も企画され、ECC(OMSの働きの一つ)のテキストが作成されつつあります。
⑤ 信徒の方々の教会間での応援と交わりを応援していきます。このことによって一人ひとりが成長し、神の家族としての意識も育まれていきます。
⑥ 基督兄弟団との協力関係をさらに密にし、神学校間の協力も含めともに協力して伝道者を育成していきます。
⑦ 韓国に加えて台湾からも宣教師を受け入れていきます。
 
 福音はすべての人に必要であり、どんな人をも造り変える力があるのです。このことを確認して「救い主」なる御方とともに生きるこの喜びを手渡すために生きていきましょう。
 
 ともに労させていただきましょう。神は、すべての人が救われて、真理を悟るに至ることを望んでおられるのですから。
 

御言葉を信じて生きる

教団委員長 中西 雅裕
 

 「主のみことばは直く、そのすべてのみわざは真実だからである。」(詩篇33:4)
 
 聖書66巻は誤りのない神の言葉であり、信仰と生活との唯一の規範であるという「聖書信仰」は、私たちの教団の生命線です。そして、聖書に基づいた礼拝、ディボーション、祈りを通して御言葉に導かれて行く歩みは、クリスチャン生活の基本です。また御言葉によって取り扱われるという御言葉経験が、私たちの大きな力となります。「主なる神はわたしの力」であることを日々御言葉を通して経験することなしに、喜びは生まれてきません。御言葉は「主なる神の言葉である」ことを心に刻み、主の御前を歩ませていただきましょう。御言葉を通して、主の御心を聞きましょう。

 この3月にもたれた第68年会で、多くの先生方と話す機会が与えられました。隠退される先生方の証詞の言葉の重みに教えられ、励まされもしました。ある女性の先生が38年の献身者生涯を振り返り、「『今までの献身生涯を支えてきたものは何だったか?』と問われるならば、それはただ御言葉です。疑ったり、迷ったり、恐れたりの繰り返しの中にあっても、神さまは節目ごとにいつも御言葉をもって選びの確かさを表してくださいました。あのときあそこで語られたあの御言葉により、今の私があることを確認させられております。そしてこれからも、御言葉に対する信頼を失わないかぎり、神さまは私の献身生涯をお支えくださり、全うさせてくださると確信しております」と書かれた文章を読ませていただき、深く感動しました。アーメンです。御言葉信仰を貫く私たちでありたいと思います。

 教団として今年度は、とくに「御言葉を信じて生きる」ことの深まりのために、①9月に神戸でもたれる第6回日本伝道会議を、教職者のための集中した研修の場と考えています。各教会の役員会には研修の重要性を理解していただき、積極的に教職者を学びの場に送り出していただきたいと願います。②メッセージ・シーリズやディボーションの書籍の出版を通し、学びと恵みを受ける機会を提供していきます。現在、小林和夫師の「ローマ人への手紙講解説教」の再販本、松木祐三師の「静まりと黙想の朝に」シリーズが教団出版部から出されています。お用いください。③教団として、若手の先生方に神学論文の発表の場を提供することは大切なことであると考えています。お祈りください。
 

 

感謝をささげて生きる

教団委員長 中西 雅裕 

 
「われらは感謝をもって、み前に行き、主にむかい、さんびの歌をもって、喜ばしい声をあげよう」(詩篇95:2)

 昨年度の感謝として、以下のことがあげられます。
 
①ネヘミヤ・プロジェクトの第一期工事が終わり、東京聖書学院の旧寮の改修工事が完成しました。続いてチャペルや本館・図書棟、外構・エントランス工事などの改修の工事も完成間近です。教団債も集まりつつありますが、なおも主の御心を求めてこの大きな働きを活かしていけるようにと願っています。続けてお祈りお支えください。

②次世代育成プロジェクトは、各地のキャンプも祝され、クリスチャンホーム形成を目指した出会いの場作りの働きなども活発です。ユースジャム実行委員会も次の世代を担う青年たちが中心となり、活発に準備が進められています。ユースジャムの働きを通して、教団に関わるすべての人々に祝福がもたらされることを願います。
 
③東京聖書学院は2015年度の入学者が14名与えられ、今まで以上に活気が出てきました。さらにきよめ派や福音派の諸教会においても信頼され、広く用いられる神学校となっていけるようにお祈りください。

④ロシアに新しく宣教師候補を送り出すことができました。

⑤「祈りの栞」が発行されたことによって、教団内の教会・教会員がさらに具体的に祈り合うことができるようになりました。

⑥聖会説教の学びによって、教職者同士による説教の研鑽が始まりました。

⑦長い間主の働きに仕えて来られた先生方を支えていくため、教会厚生費の増額によって謝恩金の改革が行われました。

⑧基督教大韓聖潔教会やイエス教大韓聖潔教会に加えて、台湾聖教会とも宣教協力を結ぶことができました。また、北米ホーリネス教団とも覚書を結ぶ予定です。このことによって国際的な協力の輪が拡大してきました。

 多くの感謝の中で、このように導いてくださった主の御心をなおも求めつつ、へりくだってこれからの歩みを一歩一歩進めさせていただく一年でありたいと願います。この混迷の時代に、私たちキリスト者が地の塩、世の光としてどう生きて行くかが問われています。その中で「信仰によって生きる」ホーリネスの生き方をさせていただきましょう。
 

 (「りばいばる」4月号)

 

 

主のみこころを知って


教団委員長 中西 雅裕

 
 「わたしの父のみこころは、子を見て信じる者が、ことごとく永遠の命を得ることなのである。そして、わたしはその人々を終りの日によみがえらせるであろう」(ヨハネ六40)。

 この地上で与えられている齢が幾つであるのかは、互いに知りません。しかし、必ずここを去るときが来ます。誰でも。必ず。それは、人間に与えられた厳粛な神の御計画でもあります。いえ、それは人間の罪のゆえに入ってきてしまった、支払うべき報酬と言ったほうがいいのかもしれません。その「死」を前にしたときに、私たちは多くのことを考えさせられます。

 今年の年始挨拶の手紙で、一人の青年が昨年の春に亡くなっていたことを知りました。ショックでした。前任地で出会った彼が中学生の時に、教会では中高生の集まりが盛んでした。夕食をみんなで食べ、夜遅くまで時間をともに過ごしました。開拓中の教会であったこともあり、そこに来ている子たちは、全員ノンクリスチャンホームでした。聖書を語る前の心の耕しが必要で、まずは教会に来ることを目標にしました。彼らに聞く耳が与えられるように、教会員の方々も熱心に祈ってくださいました。しかし、個々にしっかりと福音を手渡すことはできませんでした。大きな痛みです。数年前、その中の一人が、結婚して一ヶ月も経たない内に、森林伐採の仕事の途中に、一本の大きな木の下敷きになり命を落としました。不慮の事故でした。その時も、なぜ彼らにもっと熱心に福音を伝えなかったのかと悔やまれました。もちろん、私たちの努力や頑張りでどうにかなるものではありません。聖霊のお働きに委ね、主の御力に信頼すべきことです。しかし……今年に入り、バスの事故などで多くの若い命が失われたことなどを聞くと、心新たに祈り続けるべきことを教えられているのです。
 
 「年寄りから順番に天の御国に行かせていただけるわけではないのですね。なぜ、この歳までこんな弱い小さな者が生かされているのか正確にはわかりません。何か大きな御奉仕はもうできません。しかし、若い方々のために祈ることはできます。その子たちに『良くやってるね。頑張ってるね。』と声をかけることはできるのです」。今年の抱負をそう語ってくださった姉妹がいます。「そこで主が言われた、『主人が、召使たちの上に立てて、時に応じて定めの食事をそなえさせる忠実な思慮深い家令は、いったいだれであろう。……主人のこころを知っていながら、それに従って用意もせず勤めもしなかった僕は、多くむち打たれるであろう』」(ルカ12:42、47)。主の御心は、すべての人が救われることです。その愛に、若い人々が気がつきますように。今年はユースジャムの年でもあります。お祈りください。

(「りばいばる」2016年3月号)

戦ってくださる主に寄り頼んで


教団委員長 中西 雅裕


 新年になり、ヨシュア記を黙想しています。
14章では、エフンネの子カレブが、ヘブロンの地を嗣業として与えられたことが記されます。この地には、アナキびとが住んでいました。しかし、カレブは自らヨシュアに申し出るのです。「それで主があの日語られたこの山地を、どうか今、わたしにください。あの日あなたも聞いたように、そこにはアナキびとがいて、その町々は大きく堅固です。しかし、主がわたしと共におられて、わたしはついには、主が言われたように、彼らを追い払うことができるでしょう」と。その時、カレブは85歳でした。彼は45年前に神に遣わされた時の鮮明な約束の言葉をしっかりと心に持ち、その後のすべてのことと、「主は言われたように、
わたしを生きながらえさせてくださいました」という感謝に溢れます。そして、今もなお健やかで力に満たされ、「どんな働きにも、戦いにも」遣わされる覚悟も与えられていると語るのです。聖書の記者は、カレブを「全くイスラエルの神、主に従った」者と記します。この「主に従った」は、「従い通した」と理解した方がよいでしょう。私たちもそのような者たちでありたいと願います。昨年末に、この箇所からメッセージをした時、「主に従い通した生き方に必要な3つのK」として、「回想、感謝、期待と確信・献身」のローテーションを語らせていただきました。しかし、今年に入りさらに黙想する中で、この時のヨシュアにとってカレブのこの訪問は、主への信頼を再確認させる助け手としての役割があったのでは、と思うようになったのです。カレブは開口一番に、「主がカデシ・バルネアで、あなたとわたしについて」と言います。このカデシ・バルネアはヨシュア記10章にあるように、ヨシュアが戦いで勝利を得た地でもありました。そしてその勝利は、「イスラエルの神、主がイスラエルのために戦われたので」与えられたものでした。我らの主は何と憐れみに富み、力強い御方でしょうか。カレブとて、肉体的には45年前と全く同じとは言えなかったと思います。しかし、この寄り頼む主によって、「わたしの今の力は、あの時の力に劣らず」と言えるのです。互いが互いのヨシュアであり、カレブでありたいと思うのです。「あの時のこと覚えているか? あれから今に至るまで主はなんと良くしてくださったことか。さぁ新しい働きに遣わされて行こうではないか」。そう言い合える仲間でありたいと願うのです。新年度の歩みのために祈りはじめている今、共に「主に従い通した」生き方をさせていただけるように励まし合いたいと思います。
 

(「りばいばる」2016年2月号)

主に信頼し、主を喜ぶ……

教団委員長 中西 雅裕


「この日はわれわれの主の聖なる日です。憂えてはならない。主を喜ぶことはあなたがたの力です」 (ネヘミヤ8:10)

 ネヘミヤ・プロジェクトの第一期工事が終わり、修養生の寮の部屋や食堂等が新しくなりました。改修工事ですので、水道・電気・ガス等の配管・配線を探りながらの大変な工事でした。壁や床を開けてみて、工事の必要な個所があることがわかり、当初の予測を超えるものになりました。工事の必要経費も膨らみ、1億円の予算に600万円を上乗せすることになりました。どうぞお祈りください。

 この秋、教団より出版されている「聖書の光」(教会学校教案誌)では、3回にわたってネヘミヤ書が取り上げられました。その中の「神殿再建の戦い」では、「城壁を建て直す作業は何度も邪魔が入りとても大変でした。心がくじけそうになることが何度も起こったのです。順調ではない中であきらめないでやっていくために、神さまに祈りました。また、神さまによる確かな支えがありました」と、「霊の武具をまといつつ、愛の奉仕に生きる」をテーマにしています。片手に工具、片手に武具の工事は民たちにとって大きな負担です。しかし、その中でネヘミヤは民とともにまず「われわれは神に祈り」と、主を信頼する祈りを盾にして進むのです。困難の中に、主権者なる主を見るのです。この器ものは、主の働きに用いられていくものです。そこに主の働き人が多く送られてきますように、東京聖書学院がこれからの日本宣教に大きく用いられていきますように、教団がそれを支え続けていけますように、続けてネヘミヤ・プロジェクトのためにお祈りください。

 「聖書の光」ではネヘミヤ8章に入り、「試練やさまざまな戦いを経て、城壁は再建されました。と同時に人々の信仰のあり方、神への姿勢、神の言葉に対する熱意ももう一度建て直され、回復されたようです」とあります。城壁完成後、民たちはエズラの語る御言葉に耳を傾け、「民はみなその手をあげて、『アァメン、アァメン』と言って答え、こうべをたれ、地にひれ伏して主を拝した」のです。城壁の完成は民たちを、自分たちの身になされた神のみわざに気づかせ、悔い改めと感謝に導くのです。私たちも同じように、この工事に祈りとささげものをもって加わり、ともに主を喜ぶものとさせていただきたいと思います。

(「りばいばる」2016年1月号)

2015年

 

「宣教師の帰国と派遣」

  宣教局長 中道 善次

 
「全世界に出て行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えよ」(マルコ16:15)。
 
 「フェリース・ナタール」(ブラジル、ポルトガル語でのメリー・クリスマス!)ロシアのプロテスタント教会では、12月25日だけでなく、1月7日(ロシア正教のクリスマス)にも御降誕を祝います。
 
 今月中旬、12年間のブラジル宣教の使命を果たし、新谷聡一郎、聖美宣教師ご夫妻が帰国される。新谷宣教師ご夫妻は、ブラジル福音ホーリネス教団リベルダージ教会(サンパウロ市)とクリチバ教会の日本語部の牧師として日系ブラジル人一世、二世への宣教と牧会に励んでこられた。日本とブラジルの架け橋となり働いてこられた新谷宣教師ご夫妻のミッションに感謝し、心から出迎えたい。
 
 「お帰りなさい! ブラジル日系人教会での尊い働きを感謝します。」
 新谷宣教師ご夫妻は、2016年1~3月の2ヶ月半であるが、巡回報告をされる。帰国される宣教師とバトンタッチするように新しい宣教師候補が、宣教地での働きを進めている。今年6月4日、河瀬愛子宣教師候補は、ロシア極東の都市ウラジオストクに出発された。働きの場所は、ウラジオストク長老インマヌエル教会である。ソビエト連邦が崩壊した直後、韓国人宣教師がロシアに入国し、開拓された教会である。教会学校の子どもたちに伝道し、彼らを育て、23年かけて一つの教会を形成してこられた。教会の規模は大人50名、子ども25名。会堂はスリッパ履きで、日本の教会のようで違和感がない。河瀬愛子宣教師候補は、韓国からの宣教師夫妻、韓国系ロシア人の副牧師、白系ロシア人の神学生、長老夫人で構成される牧会チームの一員として働いておられる。7月1日、ウラジオストクにて現地の教会と日本ホーリネス教団との間で宣教師派遣契約を結んだ。
 
 河瀬愛子宣教師候補は3ヶ月の宗教ビザで、すでに2度のウラジオストクでの働きを終え
られた。次の出発は、2016年1月3日である。この3ヶ月間で、長期(3年)の宗教ビザの申請を行う。ロシアで長く働く道が開かれるようにお祈りいただきたい。
 
 「私も宣教師になりたいビジョンを持っておりました」 そのような篤い願いを持ちつつも、日本での伝道と牧会に励んでこられた先生方を知っている。自分が宣教地に行く代わりに、宣教師を送り出し、宣教地を訪問し、帰国される先生方を迎える。日本でそのような立場を取る者も必要である。日本ホーリネス教団宣教局国外宣教の役割はそれである。
 

神の恵みのゆえに……

 

教団委員長 中西 雅裕
 

 「しかし、神の恵みによって、わたしは今日あるを得ているのである。そして、わたしに賜わった神の恵みはむだにならず、むしろ、わたしは彼らの中のだれよりも多く働いてきた。しかしそれは、わたし自身ではなく、わたしと共にあった神の恵みである」(Iコリント15:10)。
 
 ブラジル福音ホーリネス教団の宣教90周年記念式典に参加させていただきました。
 
 地理的に地球の対極にあると言われるブラジルと日本ですが、その関係は深く、日本から1908年に781人が「笠戸丸」に乗ってブラジルに渡ったのが日本からの移民の初めと言われ、今では160万人の日系人がこの国で生活しています。東京聖書学院で学んだ物部赳夫先生は、1925年に32歳でブラジルの地に『福音』を携え赴きます。交通の不便な時代、馬に乗るか徒歩で各地を回り伝道したと言います。あるときは、歩き疲れて空腹のあまり、道のわきにあった見ず知らずの家に「何か食べさせてください」と倒れ込んだと言います。そこで、先生は空腹をかかえて3時間待たされます。そして、出てきたのは白米のご飯でした。その家の主婦は、「日本人だからお米が良いでしょうと思って、畑に行き、稲を刈り、臼でついて炊きました」と言ったそうです。3時間!しかし、その時間はブラジルの人々の旅人をもてなそうとする心の優しさを表します。このようなブラジルの方々の間にあって命がけで伝道すること5年。先生は肝臓癌で召されます。日本からビジョンを与えられて、遠い国での5年は短いようにも感じます。しかし、その期間に日本から先生と同じようにブラジルの地に使命を持つ先生方が起こされ、ブラジルで救われた者が聖書学院に留学するのです。
 
 冒頭の御言葉は、先生の生涯の御言葉であったと言います。神の恵みによってなのです。先生の墓石には、「福音使 物部赳夫」と記されています。「福音使」!何と素晴らしい響きの言葉でしょう。この先生によって始められたブラジル福音ホーリネス教団は、現在国内10州に41の教会があり、伝道所、巡回地を持ちながら伝道のわざを進めています。この記念式典の会場には、ブラジルと日本の国旗の間を繋ぐように何百もの鳩の形をした折り紙が、虹のように飾られていました。今回、総会で日系ブラジル人秦野教会の上山マルシオ先生が按手礼を受けられ、12年間宣教師としてブラジルで奉仕された新谷聡一郎・聖美先生御夫妻が、日本へ帰国されるために「再派遣式」が持たれました。「日本からブラジルに福音が届けられた。今、ブラジルからも日本に福音が届けられている。」日本とブラジルの良き関係を目の当たりにさせていただきました。

霊なる主の働き

教団委員長 中西 雅裕

 
「わたしたちはみな、顔おおいなしに、主の栄光を鏡に映すように見つつ、栄光から栄光へと、主と同じ姿に変えられていく。これは霊なる主の働きによるのである」(Ⅱコリント3:18)。
 
 「主から与えられた賜物は、主の働きのために用いることを、主が望んでおられることを聖会で教えられました。」
 
 ひとりの高校生が、証詞をしてくれました。「集会が始まる前、『急だけど来週キャンプに行かない? 奉仕者が足りなくて困っているんだけど』とさそわれました。スケジュール表を見ると、日程的には空いていました。『でも、この夏は他にも多くの予定が入っていて無理。その週は休みたいもん』と答えました。その後の集会で、『何が神さまに喜ばれるのか』と語られた御言葉に心がザワザワしました。主の語りかけにお応えすべきだと示されました。そして、祈って『行ってもいい』と返事をしました。翌日、そのキャンプの案内が来たときビックリしました。このキャンプを私は知っていたのです! 数日前に、キャンプのためにお祈りくださいと、メールでみんなに言っていた文章を、私は読んでいたのです。あぁ、私が神さまに導かれて行くことになったのは、このキャンプのことだったんだ! と。それを先生に伝えると『不思議な摂理に導かれて……がんばろうね。神さま、私たちに与えてくださった賜物を用いさせてください。土の器ですが、用いてください。と祈りつつ』 と返事が来ました。その集会で賛美した『土の器』という賛美の歌詞を思い出しました。
 
♪土の器――欠けだらけの私 その欠けからあなたの光がこぼれ輝く 土の器 ヒビだらけの私 そのヒビからあなたの愛があふれ流れる こんな私でさえも 主はそのままで愛してくださる だから今 主の愛に応えたい 私のすべてで 用いてください主よ 私にしかできないことが 必ずあるから
 
―あぁ、そうなんだなと思いました。」御言葉を聞いて、主に従っていく幸い。しかし、そこには犠牲も生まれます。それを喜んでさせていただけるのは、主の愛に応えたいからではないでしょうか。感謝だなぁと思いました。各地でもたれた聖会において、主を仰がせていただき、恵みの御座に導かれた方々のお証しが分かち合われています。御言葉をいただき、生き方を変えられていく「聖会」は、ホーリネス教団が大切にしていくべきものの一つです。老いも若きも、「聖会で主に取り扱われる」経験をおのおのがさせていただきましょう。

(「りばいばる」2015年10月号)

勝ち得て余りある

教団委員長 中西 雅裕

 
「しかし、わたしたちを愛して下さったかたによって、わたしたちは、これらすべての事において勝ち得て余りがある。わたしは確信する。死も生も、天使も支配者も、現在のものも将来のものも、力あるものも、 高いものも深いものも、その他どんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスにおける神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのである」(ローマ八37〜39)。
 
 突然の病の宣告に動揺を覚え、「すべてを主におゆだねします、と毎日祈っていた祈りが急にできなくなってしまったのです。何と信仰のない者か、自分の弱さを痛いほど思い知らされました。こんな私のために祈ってください」。そんな祈祷課題が出されました。死を前にしたときに、私たちの心は震えます。あんなに愛していた主を疑い、従うことを平気でやめてしまうかもしれない自分に愕然とするのです。その姉妹の素直な告白に、その場にいた者たちは何と返答してよいかわからず、沈黙が続きました。そのときです。最長老の姉妹がこの御言葉を引き、祈り始められました。御言葉を聴きながら、みんなの心が主に向きました。「わたしたちを愛して下さった主」は、私の手を引いてくださる主です。祈れないとき、主の御前に連れ出してくださる主です。暗闇の中でも、しっかりと導びいてくださる主です。「わたしは確信する」。死ですらも、この御方の愛から私たちを引き離すことはできないと。それは、私たちサイドの力ではない、「わたしたちを愛して下さったかたによって」なのです。その愛の大きさに打たれ、今一度その愛の大きさを確認させていただき、みんなが心から「アーメン」と唱和しました。
 
 いたずらをした子どもが、謝るべきお父さんの前になかなかでられないときに、お母さんが手を引いて一緒にでてくれるように。真っ暗な夜道を、不安で不安でたまらないときに、暖かく力強いお父さんの手に安心を覚えるように。主は私たちの人生の中にあっても、どんな状況の中でも手を引いてくださるのです。ともにいてくださる以上の恵みを覚えます。主の手のぬくもりを我が身に感じるのです。祈った姉妹は帰り際に、祈祷課題を出した姉妹の肩に優しく手を置き、「私も祈るから。主に信頼しましょう。それ以上の幸いはないからね」と。敬老の日を前に、このような信仰の諸先輩が各教会にいてくださることを感謝します。

(「りばいばる」2015年9月号)

主なる神の福音を伝える

教団委員長 中西 雅裕

 
「願わくは、わたしの福音とイエス・キリストの宣教とにより、かつ、長き世々にわたって、隠されていたが、今やあらわされ、預言の書をとおして、永遠の神の命令に従い、信仰の従順に至らせるために、もろもろの国人に告げ知らされた奥義の啓示によって、あなたがたを力づけることのできるかた、すなわち、唯一の知恵深き神に、イエス・キリストにより、栄光が永遠より永遠にあるように、アァメン」(ローマ16:25〜27)。
 
 敬愛する一人の牧師先生から、「このところしきりに心にかかっていることがあります。教団の総会報告を隅々まで読むようにしていますが、とくに教勢報告を見ながら心が痛みます。少子高齢化の時代だから仕方がないのでしょうか? 今こそ福音を必要としている時はないのではないでしょうか? ……だからこそ、伝道しなければならないのではないでしょうか? やらなければならないことが多すぎて、手が回らないように思えて仕方がないのですが……」とのご意見をいただきました。隠退されたこの先生は、今もその置かれている地で、個人的な魂の重荷を求め労しておられます。伝道し続けておられるのです。一人の人が救われるという喜びに生きておられる先生の言葉には重みがあり、深く考えさせられました。
 
 わたしたちは今、真理のメッセージを躊躇することなく宣べ伝え、神への全き献身の道を歩んでいるでしょうか。どのような暗黒の時代であっても、徹底的な悔い改めをし、主に自らを明け渡し、神の愛に満たされ、罪の力が打ち破られる経験をした者たちには、生活に聖さと輝きが現れてくるのです。神の力と恵みと愛が溢れる、神の恩寵に生きられるのです。主に栄光を帰しつつ、喜んで主に従って生きる者たちとさせていただけるのです。その生き方は、この世にインパクトを与えます。そこに聖霊が働いてくださる時、主の救いあずかる人々が起こされていくのです。戦後70年を迎えるこの時も、私たちに与えられている「聖化」の恵みをしっかりと自分たちのものとしながら、祈りと御言葉に深く身をゆだねたいと思います。この夏、また秋、各地で聖会が開かれます。キャンプや修養会も持たれます。そこで主に取り扱っていただき、再献身をさせていただきましょう。福音はすべての人に必要であり、どんな人をも造り変える力があるのです。「救い主」なる御方とともに生きる、この喜びを手渡すために生きる者たちとさせていただきましょう。

(「りばいばる」2015年8月号)

主を待ち望む者は新たなる力を得……

教団委員長 中西 雅裕

 
「しかし主を待ち望む者は新たなる力を得、わしのように翼をはって、のぼることができる。走っても疲れることなく、歩いても弱ることはない」(イザヤ40:31)。
 
 ネヘミヤ・プロジェクトのためにお祈りとご協力をありがとうございます。時間をかけての歩みの中で、思いもかけない道に導かれたりする不思議さを味わっています。その中で、「このプロジェクトは神さまによって始められ、神さまによって導かれ、神さまの御心がなる働きなのだ」との更なる確信が与えられてきています。日本ホーリネス教団・OMS・東京聖書学院・東京学院後援会・東京聖書学院教会を中心とする実行委員会を、各部が支えます。またその働きを、全国の教会と信徒の方々が日々覚え、祈って支えてくださるのです。何と感謝なことでしょう。この日本の地において、多くの献身者を育成する学院の働きと、その献身者の働きを支える教団の働きが前進していくようにお祈りください。一つひとつの歩みの中で、「わが思いは、あなたがたの思いとは異なり、わが道は、あなたがたの道とは異なっていると主は言われる。天が地よりも高いように、わが道は、あなたがたの道よりも高く、わが思いは、あなたがたの思いよりも高い」(イザヤ55:8〜9)ことを教えられ、「あなたがたは喜びをもって出てきて、安らかに導かれて行く。山と丘とはあなたの前に声を放って喜び歌い、野にある木はみな手を打つ。いとすぎは、いばらに代って生え、ミルトスの木は、おどろに代って生える。これは主の記念となり、また、とこしえのしるしとなって、絶えることはない」(イザヤ55:12〜13)との将来に目を向けさせられています。主のなさる最善を信じ、この御方に信頼しての一歩一歩の歩みです。目の前に見える課題に臆することなく、御言葉に従って主の喜ばれる正しい歩みをしていきたく願います。「このように、わが口から出る言葉も、むなしくわたしに帰らない。わたしの喜ぶところのことをなし、わたしが命じ送った事を果す」(イザヤ五五11)と約束してくださっているのですから。この働きが、これからの日本の福音前進のために用いられ、主のご真実を証しする「主の証し(主の記念)」となっていけますように。

(「りばいばる」2015年7月号)

富ませる力のあるかたに守られて

教団委員長 中西 雅裕

 
「神はあなたがたにあらゆる恵みを豊かに与え、あなたがたを常にすべてのことに満ち足らせ、すべての良いわざに富ませる力のあるかたなのである」(Ⅱコリント9:8)
 
 4月17日からOMSの新総理になられたロバート・フィッツァレン師御夫妻が来日され、東京聖書学院チャペル、教会でのご奉仕などをしてくださいました。教団委員たちとも良き交わりをなし、これからの歩みのために祈り合うときがもてたことを感謝いたします。また、4月27日にはブラジル福音ホーリネス教団のアウグス梅木師との懇談のときをもちました。互いに託されている働きの場で、どのように助け合い、福音の前進のために労することができるのかを話し合うときでもありました。こうして折りあるごとに与えられる、主にある同労者たちとの交わりにより、心が燃やされます。それぞれの国の言葉を託され、そこで福音を語る主の証人とされている幸いを、心からありがたく思うのです。互いにイエス・キリストを仰ぎながら、その十字架の下に力を結集し、「協力」ができることもまた幸いです。6月15〜18日には、WH連女性教職・牧師夫人大会が韓国でもたれ、同じホーリネスの信仰を持つ韓国・台湾の方々との関係を深めます。また今年度は、教団から北米ホーリネス教団に一家族の牧師を派遣します。主なる神のもと、ともに協力していくのです。「ただ、聖霊があなたがたにくだる時、あなたがたは力を受けて、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、さらに地のはてまで、わたしの証人となるであろう」(使徒行伝1:8)。それぞれに、時代の中で困難さを覚えないわけではありません。しかし、その状況を打破してくださる力のある御方が私たちにはいてくださるのです。すべての必要を満たしてくださる、この力のある御方を信じて、ともに置かれている場で福音宣教に励む者たちでありましょう。
 今年、東京聖書学院に入学した一人の兄弟のお母さまが、新聖歌311番「いかに恐るべき」を賛美して彼を送り出しました。歌詞を味わってみてください。何があっても守ってくださり備えてくださる愛の神を信じて、さぁ出て行きましょう。「御翼の陰は安らかなり」。おのおの遣わされている地で。

(「りばいばる」2015年6月号)
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