私たちの教団のホームページにようこそ!

教団委員長 島津吉成


 私たちの教団は、キリスト教の新教(プロテスタント)に属する教団で、全国に155の教会があります。
 「夜はよもすがら泣き悲しんでも、朝と共に喜びが来る」。これは、聖書の詩篇30篇5節というところに記されているみ言葉です。夜の闇がどんなに深くても必ず明るい朝が来るように、神さまはどんな人に対しても希望の光を注いでくださると約束してくださっているのです。嬉しいことですね。
 ぜひ、お近くの教会にお出かけください。きっと、素晴らしい出会いが待っています。(私たちの教団の教会は、このホームページの中にあります「全国教会所在地」に掲載されています)
 このホームページをご覧くださった皆さまの上に、神さまの祝福がますます豊かにありますようにお祈り申し上げます。


 
 
 
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このたびの「台風15号」で被災されたすべての皆さまにお見舞い申し上げるとともに、主の慰めと平安を心よりお祈り申し上げます。 
 
▽ 郵便振替 00190−4−545635
▽ 口座名 「日本ホーリネス教団緊急支援対策室」

 

教育局


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宣教局



 
【T&Mセミナー】
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【コーチングセミナー】
T&Mセミナを受けていない方も受講可能ですが、T&Mセミナーを受講されてT&Mを実践される方々にはより効果的です

 
(2017年6月15日)
(2017年4月13日)
平和の祈り
(ページ内よりダウンロードできます)
 
 

 
わたしの祈り

わが魂はもだしてただ神を待つ。わが救いは神から来る。神こそわが岩、わが救い、わが高きやぐらである。わたしはいたく動かされることはない。             (詩篇62:1~2)
 
 「祈る」という言葉があります。誰に祈るのでしょうか。ある宗教では、「先祖に」、「亡くなった人に」と言います。私たちは、誰に祈っているのでしょうか。私たちは失敗した時や感動した時に心の中に「神さま」と感じたことはないでしょうか。オリンピックで、ある選手が「Oh my God」と叫んでいるシーンを見たことがあります。 
 
 聖書には、私たちは神によって造られた、と書かれています。私たちが時に「神さま!」と叫ぶのは、その造りまである神が、私たちの声を聴いてくださっている、とどこかで知っているからなのかもしれません。
 
 旧約聖書の出エジプト記の中で、神に愛された人たちがいました。その人たちは、エジプトの圧政の下で苦しんでいました。そして、彼らは神に叫んだのです。神は聴いてくださいました。神は彼らを愛し、その人々を救いの道へと導いたのです。
 
 神は私たちのことも同様に愛してくださっています。そして、私たちの声を聴こうとしておられます。
 
 私は以前、神を信じない者でした。しかし、ある時、叫びをもって神を求めたことを思い出すのです。その時のわたしは八方ふさがりの状態でした。どうしたらよいのか分からず、真っ暗闇のような中にいました。その私に突如として平安が訪れたのです。それは、まさに、私が「神さま」と叫んだ時から始まったのです。闇の中にいた者が、神さまを信じたことによって忽然(こつぜん)と輝く光を見つけたのです。私に導きが訪れ、不安から安心へと心が急変したのです。叫ぶという祈りから、揺らぐことのない平安な心が与えられたの
です。
(「きぼう」9月号)

     

 (「きぼう」アーカイブ) 

「嗅覚への気づき」

教育局長 平野信二

 
 福音宣教にとって大切なことは、時代の流れを読み、即座にその要求に対応していく柔軟性と、変えることのできないものを堅持していく頑固さです。パウロの行動は、時に緻密かつ計画的で、時に衝動的にさえ見えることがあります。そして、彼は「天下をかき回し」「騒ぎを起している者」と呼ばれます。

 6月に行われた第28回弾圧記念聖会において、ホーリネス弾圧に関する新たな視点と、私たちに対するチャレンジをいただいたように感じています(講演詳細は6頁を参照)。その中で、講演された戒能信生牧師は、仮説としながらも、「国家権力は民衆・大衆のうちにある国家権力にとって真に恐るべき存在となりうるものを本能的に知る嗅覚で嗅ぎ分け、その故にホーリネス系教会を壊滅させるために弾圧した」と結論づけています。それでは、今日の権力者たちの嗅覚は、私たちの教会にどのような臭いを感じているのでしょうか。私たちの教会は、今日の国家権力にとって当時のホーリネス系教会のような恐るべ
き存在になっているのでしょうか。それとも、国民の精神衛生のために役立ち、権力者が国民を支配するために利用できるもの、あるいは、役に立つ訳ではないが邪魔にもならないものと見られていないでしょうか。対立関係になる
ことが目的なのではありません。しかし、真に福音に与る者だけが持ち得るこの臭いを大切にしなければならないのです。

 さらに、私たち自身はどのような嗅覚を持っているのでしょうか。その一つは前述の逆で、国家権力が持つ臭い(指向性)を見極める嗅覚の必要性です。そしてもう一つは、この世にある課題/世にある人々の求めを知る嗅覚ということです。プロテスタント宣教の第二世代は、民衆・大衆への伝道を積極的に展開していきました。単に民衆に基盤を置いているだけだったとしたら、大衆受けする流行りのものやポピュリズムと何ら変わらないものになってしまいます。神の言に土台を置きつつ、神さまが私たちに与えてくださった十字架の恵み、ホーリネスの恵みを証しし続けることを大切にしたいのです。
 

「この男は、疫病のような人間で、世界中のすべてのユダヤ人の中に騒ぎを起している者であり」 (使徒行伝24:5)

(「りばいばる」8月号)

 

 
「りばいばる」アーカイブ
(8月号は掲載が遅くなりましたので、9月号と共に掲載します)

「あなた方の計画は私だけが知りでいる。」

  この原稿を執筆している現在(8月13日)、超大型の台風10号が近づいてきています。進路に当たる、四国や九州地方の皆さんはいろいろな不安を持ちながら過ごしていることでしょう。気象庁の予報が正確になって、ある程度は予想ができるようになった台風。しかし、健康や社会のこと、世界の安全や平和については予測し難いことが多いのではないでしょうか。8月は終戦の月でもあるし、原爆投下の月でもあって、それらにまつわる生々しい映像に触れる機会がありました。心配したらきりがないほど、紛争の火種が世界中にあります。いつまた日本もそれに巻き込まれるか心配になります。

 目先の必要、今楽しければいい、そんな現代社会に私たちは身を置いています。そして、より楽な方法、自分にとっていいと思う方向に目を向け歩いています。

 先日、『パウロ 愛と赦しの物語』という映画を見ました。そして感動しました。パウロの生き方と私の生き方、なんと違うことでしょうか。物語はルカが使徒行伝に記録した事柄に沿って展開しています。皇帝ネロの迫害のさなか、信仰の仲間が毎日とらわれ、殺されていく。物語の中で、復讐でなく無抵抗の祈りが印象的でした。武器をもって反抗しようとする若者とそれを止めようとするパウロ。恐怖と憎しみの中で声を合わせて祈る主の祈り、「われらに罪を犯すものを赦しますから、われらの罪をも赦したまえ……」。日頃礼拝の中で祈る主の祈りは、こういうことだったのかと理解しました。赦せる状況でない中にあって赦す祈りの姿に感動しました。

 礼拝説教でエレミヤ書29章11節から、「このところは神さまだけが知っていることで、あなた方にはわからないという意味だ」と。そして、何も心配しないで前に進めばよいと私は理解したのでした。

 状況が良くても悪くても、健康不安のある中でも、希望をもって前に進みましょう。教会への奉仕を通して、ともに主に使えるものでありたいと願っています。
 
「主は言われる、わたしがあなたがたに対していだいている計画はわたしが知っている。それは災を与えようというのではなく、平安を与えようとするものであり、あなたがたに将来を与え、希望を与えようとするものである。」
(エレミヤ29:11)
(「りばいばる」9月号)

 

 
「りばいばる」アーカイブ
聖霊による喜びに生きる
― 苦難に打ち勝つ信仰―
 

教団委員長 島津吉成

   

愛の労苦


 「わたしたちは祈の時にあなたがたを覚え、あなたがた一同のことを、いつも神に感謝し、あなたがたの信仰の働きと、愛の労苦と、わたしたちの主イェス・キリストに対する望みの忍耐とを、わたしたちの父なる神のみまえに、絶えず思い起している」(Iテサロニケ1:2~3)
 
 テサロニケ教会は、「信仰の働き」「愛の労苦」「望みの忍耐」という3つの柱がしっかりと立っている教会でした。前回は「信仰の働き」について書きましたので、今回は「愛の労苦」ということを考えたいと思います。愛の賛歌として有名なコリント人への第一の手紙第13章4節に、愛の姿として真っ先に、「愛は寛容であり、愛は情け深い」と言われています。
 
 「寛容」と訳されている「マクロスメオー」という言葉は、「マクロ」(大きい、時間や距離が長い)と「スメオー」(怒り)という2つの言葉からできているそうです。そこから、「広い心、寛容、忍耐強い」という意味になりました(聖書協会共同訳は、ここを「忍耐強い」と訳しています)。怒りをすぐに爆発させる瞬間湯沸かし器のような人は、「マクロスメオー」ではないのですね。愛は広い心を持って人を受け入れ、またすぐに結果が出なくても、信じて支え続け、待ち続けるのです。そして、「愛は情け深い」(新改訳聖書は「親切」と訳しています)。誰かが助けを必要としてるときに、進んで助けてあげる人です。
 
 テサロニケ教会には、ユダヤ人もいればギリシヤ人もいました。また貴婦人もいれば、それこそ普通の人、一般庶民と言われる人たちもいたと思います(使徒17:4)。人種も違い、社会的な階層も違う人たちが、一つの教会をつくっていたのです。そこには、思わぬ行き違いや、ぎくしゃくすることなどもあったことでしょう。しかし、彼らは「愛(寛容・忍耐強い・情け深い・親切)の労苦」に生きたのです。
 
 さらに彼らは、内側への愛だけではなく、外への愛も示しました。彼らは極度の貧しさにもかかわらず、喜びをもって、惜しみなく、他の教会のために献金をし、パウロの伝道を助けました(Ⅱコリント8:1~2)。こうして、その地方で模範的な教会といわれる教会を形成していったのです。
 
 「愛の労苦」というと、ちょっと身構えたり躊躇したくなりますが、ジヤン・バニエという人がこんなことを書いていました。「愛とは特別な、英雄的なことをすることではなく、あたり前のことを、やさしさをもってすることである」(共同体-ゆるしと祭りの場)。日曜日の朝、教会で人に会ったら「おはよう」と挨拶をする。初めて教会に見えた方がいたら、「よくおいでくださいました」と声をかける。そんなことが案外大事なのだと思います。

 

(「りばいばる」視9月号

 

(「りばいばる」アーカイブ)
 
(8月号は掲載が遅くなりましたので、9月号と共に掲載します)

信仰の働き

 
 テサロニケ教会は、「マケドニヤとアカヤとにいる信者全体の模範となった」(1:7)といわれる素晴らしい教会でした。そのテサロニケ教会がどのような教会だったかということについて、パウロはこう記しています。「わたしたちは祈の時にあなたがたを覚え、あなたがた一同のことを、いつも神に感謝し、あなたがたの信仰の働きと、愛の労苦と、わたしたちの主イエス・キリストに対する望みの忍耐とを、わたしたちの父なる神のみまえに、絶えず思い起している」(1:2~3)。ここに信仰の働き、愛の労苦、望みの忍耐という3本の柱が出てきます。柱が傾いていたり、ぐらぐらしていたら、地震などが起きたとき、その家は倒れてしまいますね。でも、テサロニケ教会は、この3本の柱がしっかりと立っている教会でした。

 まず、「信仰の働き」です。私たちは、主イエス・キリストの十字架の恵みを信じるときに救われます。私たちが立派な行いをしたから救われるのではありません。行いにはよらないのです。これは私たちの信仰の大原則です。ですから、信仰の働きとは、私たちが自分の力で頑張って働くということではありません。そうではなくて、無限の力をお持ちの神さまを信じるとき、その力が私たちにも注がれて、私たちも主に喜ばれる実を結ぶようになっていくのです。信仰は、良い働きとなって表れてくるのです。そのことを信じて生きること、それが信仰の働きです。

 使徒行伝に、タビタ(これを訳すと、ドルカス、すなわち、かもしか)という女性のことが記されています。病気になって死んでしまった彼女を、ペテロが生き返らせてくださったということが書かれているのですが、その彼女がどんな人であったかということが、このように紹介されています。「数々のよい働きや施しをしていた婦人であった」(9:36)。また、こうも言われています。「やもめたちがみんな彼(ペテロ)のそばに寄ってきて、ドルカスが生前つくった下着や上着の数々を、泣きながら見せるのであった」(9:39)。ここにも信仰を働かせて、愛に生きた一人の女性の姿を見ることができます。

 私は立場上、いろいろな教会を訪問させていただく機会がありますが、どこの教会に行っても、このドルカスのような方がおられることを思います。目立たないところで、黙々と愛に生きている。教会はそのような人たちによって支えられているのだと思います。

 思い煩うとき、恐れを覚えるとき、そうです。生活のあらゆる場面で、無限の力をお持ちのお方を信じて生きる、その信仰を働かせましょう。そのとき、私たちが信じているお方が、どんなに素晴らしいお方であるかを体験することができるでしょう。
(「りばいばる」視8月号

 

(「りばいばる」アーカイブ)
 
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「イエス・キリストは主である」の信仰に生きる

2019年度

全国秋季聖会のご案内

◆北海道聖会
10/13~14 旭川教会
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(兄弟団網走教会)
◆東北教区クリスチャン・ミーティング
10/13~14 岩手県金ヶ崎町
「みどりの郷」
講師/錦織寛牧師
◆奥羽聖会
9/23 赤湯温泉むつみ荘
講師/安井聖牧師
◆武毛聖会
10/13~14 風のひびき
講師/安井聖牧師
◆信越聖会
9/23 野尻湖YMCA
講師/鈴木英夫牧師
(聖会委員会)

災害支援対策委員会

このたびの「西日本豪雨」「大阪北部地震」「北海道胆振東部地震」で被災されたすべての皆さまにお見舞い申し上げるとともに、主の慰めと平安を心よりお祈り申し上げます。 
【北海道胆振東部地震】
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【大阪北部地震】
LinkIcon第4報 高槻第一教会のため
【西日本豪雨災害】
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