私たちの教団のホームページにようこそ!

教団委員長 島津吉成


 私たちの教団は、キリスト教の新教(プロテスタント)に属する教団で、全国に155の教会があります。
 「夜はよもすがら泣き悲しんでも、朝と共に喜びが来る」。これは、聖書の詩篇30篇5節というところに記されているみ言葉です。夜の闇がどんなに深くても必ず明るい朝が来るように、神さまはどんな人に対しても希望の光を注いでくださると約束してくださっているのです。嬉しいことですね。
 ぜひ、お近くの教会にお出かけください。きっと、素晴らしい出会いが待っています。(私たちの教団の教会は、このホームページの中にあります「全国教会所在地」に掲載されています)
 このホームページをご覧くださった皆さまの上に、神さまの祝福がますます豊かにありますようにお祈り申し上げます。

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(2017年6月15日)
(2017年4月13日)
平和の祈り
(ページ内よりダウンロードできます)
 

10月号

重荷をゆだねよ

 
「あなたの荷を主にゆだねよ。主はあなたをささえられる」(旧約聖書 詩篇第55篇22節)

 「気が重い」、「体が重い」ということはありませんか。疲れている証拠です。日常のストレスがたまりにたまって、重くなっているのではないでしょうか。
 
 先日、自動車を発進させたところ、いつもより進み具合が重く、違和感を持ちました。数秒走ってハンドブレーキをきかせたままであるとの警告が出て、事無きを得ましたが、時としてこのようにブレーキをきかせたまま、無理をして生活をしていると、心や体に警告のように重さを感じることがあります。重いと感じたら要注意です。
 
 「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し、急ぐべからず」という言葉は徳川家康の遺訓と言われていますが、人生は長くて苦しいことが多いので、辛抱強く努力を重ねて進むべきであるという意味です。しかし、重い荷物を負いながら、遠い道のりを行くのも大変なことです。重荷を自分のガンバリだけで負い続けることは心や身体を壊してしまう事にもなります。

 聖書はそのような私たちに対して、「あなたの重荷を主(神さま)にゆだねよ。主はあなたを心配してくださるのだ」(詩篇55:22)と教えます。
 
 その言葉の通り、イエス・キリストは「すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう」(マタイ11:
28)と言われました。ゆだねるということは、主のもとに重荷を持って行くことです。ただ間違えてはならないことは、重荷を全部お任せ、というのではありません。その言葉このように続きます。「わたしのくびきを負うて、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたの魂に休みが与えられるであろう。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからである」(マタイ11:29〜30)。
 
 「くびき」とは、荷車を引く牛馬の頸(くび)の後ろにかける横木のことで、重さはこれで分散されるのです。主イエスは、あなたと一緒にあなたの重荷を負ってくださるというのです。1人のガンバリではどうにもならない時に、イエスさまが一緒に負ってくださるので、その荷が軽くなり、真の魂の安らぎが与えられるのです。もしも、重いと感じているならば、あなたの重荷を主イエスにゆだねましょう。 
     

 (「きぼう」10月号) 

10月号 

「『罪きよめられた罪人』として」

教職教団委員
鈴木 英夫

 

 今月末31日が宗教改革記念日ですが、改革者マルティン・ルターは、キリスト者である私どもの姿を「罪赦された罪人」「義人にして同時に罪人」であると表現しました。そして同時に強調したことは、「キリスト者の全生涯は悔い改めの人生である」ということです。主イエス・キリストの十字架の贖いによって私どもの罪は全く赦され、神は私どもを義なる者と認めてくださいましたが、私どもはその後にも自らの罪に気づかされる度に悔い改め、赦しの恵みに立ち帰り続けます。この「罪赦された罪人」というルターの言葉を思い巡らしていたとき、「聖化/きよめの信仰に生きる私どもは、『罪きよめられた罪人』なんだ」との思いが、私の心に浮かんできました。
 
 「『日本ホーリネス教団の信仰告白』解説」の中で、「完全な聖化が与えられ」の告白の部分の解説はこのように記されています。―わたしたちは、新生の経験をした時点では、罪や信仰について、まだ浅い理解しかできません。それが信仰の歩みを続けていく中で、なお深い罪の自覚へと聖霊によって導かれ、その罪すらも主イエスの十字架の贖いによって赦されていることを、知らされるのです。それはわたしたちにとって、時には新生の経験にも匹敵する大きな喜びを伴う経験となるため、新生が人生における「第一の転機」であるのに対し、この経験が「第二の転機」といわれます。このような経験は一度だけのものではなく、何度でも繰り返され、その度により深い罪の悔い改めと、より大きな神の恵みを体験することになります。この自覚的な経験としての「第二の転機」をわたしたちの教団は強調しています。―聖化/きよめの経験をした私どももなお罪を犯してしまい、悔い改め続けます。悔い改めに卒業はないのです。
 
 7月の教団夏季聖会では水野晶子牧師(日本イエス・キリスト教団委員長)がヨナ書のヨナの姿を通して、9月の千葉聖会では鎌野直人牧師(関西聖書神学校長)が創世記のヤコブの姿を通して語られた説教を、私は聴かせていただきました。正にヨナもヤコブも罪人ですが、神の恵みに立ち帰り続けた「罪きよめられた罪人」として生きました。それはまた私自身、私どもの姿でもあります。
 
 ペテロは「御霊のきよめにあずかっている人たち」(Ⅰペテロ1:2)に対して、「あなたがた自身も、…聖なる者となりなさい」(同15)と語りました。「罪きよめられた罪人」として、なお聖化/きよめの恵みに立ち続けましょう。 

(「りばいばる」10月号)

神の宣教に仕える教会

逆転の神を見上げて ―たくましく、しなやかに―

僕のかたちをとり

教団委員長 島津吉成

   

 
 主イエスが私たちを救うためにしてくださったことが、ピリピ二7にはこう記されています。「かえって、おのれをむなしうして僕のかたちをとり、人間の姿になられた。その有様は人と異ならず」。主イエスは、神のひとり子としての特権をすべて手放して、空っぽになってくださり、私たちを救うために、私たちと同じ人間の姿になってくださいました。しかも、ここではただ「人間の姿」というだけでなく、「僕のかたち」と言われています。「僕」とは、本来の人間の姿なのだというのです。主イエスは最後の晩餐の席で弟子たちの足を洗ってくださり、仕える者となってくださいました。こうして主イエスは、人間の本来の姿を示してくださったのです。パウロはこのことを記すことによって、ピリピ教会の人々に、「党派心や虚栄、高慢やねたみに生きるのではなく、主イエスが示してくださった、互いに仕え合うという、人間の本来の姿を取り戻し、そのような生き方をしていこうではないか」と呼び掛けているのです。

 皆さんは、「僕」と聞くと、どんなイメージが湧いてくるでしょうか。窮屈で、暗くて、重たい、というようなイメージが湧いてくるかもしれません。でも、パウロにとって「僕」は、自分を紹介するときに、最も大事にしていた言葉だったように思います。ですから、ピリピ人への手紙では、自分のことを「キリスト・イエスの僕」(1:1)とのみ記しています。罪の奴隷であった者が救われ、主イエスの僕としていただいたということは、彼にとって大きな喜びであり、誇りでもあったのだと思います。

 

 青山学院の院長をされた深町正信先生が、ウェスレーが作った「伝道者心得十二則」を紹介した後で、こう書いておられます。「とにかく日本メソジスト教会の教職は、私の祖父や父のことを考えてみても、質素で、献身的で、生活態度は厳しく、絶対に禁酒禁煙で、どんな苦労も嫌わず、主の命とあらば、どこへでも出掛ける、まことに伝道熱心であった。メソジストの教職は、或る神学校教師の言葉でいえば、学者でも、また雄弁な説教家でもなく、ただ人々の魂の救済のために熱心に働く伝道者であった。彼らは一にも伝道、二にも伝道と言う具合に、福音宣教につかえる足の伝道者であったと言えよう」(ウェスレーの信仰とメソジスト教会)。同じ信仰の流れに属する者として、私たちの先輩たちもそのような伝道者であったことを思います。それぞれの場で、私たちもまた、主の僕として、喜びをもって主に仕える者でありたいと切に願います。
 
(「りばいばる」10月号)
 
災害支援対策委員会

このたびの「西日本豪雨」「大阪北部地震」「北海道胆振東部地震」で被災されたすべての皆さまにお見舞い申し上げるとともに、主の慰めと平安を心よりお祈り申し上げます。 
【北海道胆振東部地震】
LinkIcon第2報 北海道教区の状況
【大阪北部地震】
LinkIcon第4報 高槻第一教会のため
【西日本豪雨災害】
LinkIcon災害支援対策ニュース①
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LinkIcon災害ボランティアご案会

青少年委員会


 

  

 

 

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