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神の宣教に仕える教会
逆転の神を見上げて ―たくましく、しなやかに―

 

初めの愛に帰ろう

 

教団委員長 島津吉成

 

 神さまはご自身の愛を伝えるために、人間を神さまの代理人として用いてくださいます。なぜ、神さまは天使ではなく人間を用いてくださるのかということについて、宗教改革者であり、何よりもひとりの牧師であるカルヴァンは、次のように言います。
 
①神はこの方法を用いることによって、われわれ人間をどんなに重んじているかを明らかにしたもう。
②われわれはこれによって最善の、また最も有効な謙遜の訓練をほどこされるのである。
③われわれのうちに兄弟相互の愛をはぐくむため。
   (『キリスト教綱要』第四篇第三章)
 
 若い牧師が教会に遺わされたとします。その教会には、その牧師よりも社会経験も豊富で、信仰生活の年月も長い人々がいることでしょう。若い牧師はそのような人々に向かってみことばを語らなければなりません。そのとき、みことばを聞く側は、どのように聞くのでしょうか。どんなに若くあろうが、神が立てた器であるという一点を信仰をもって受け止め、その牧師が語ることばを神のことばとして聞くのです。カルヴァンは、ここに「最も有効な謙遜の訓練」があると言うのです。そして、そのように謙虚にみことばを聞く信徒を前にして、牧師は自分の能力を誇ることなどできるはずがありません。謙虚にみことばを聞く信徒によって、牧師もまた謙遜とはどういうことかを学ぶのです。そして、牧師はいっそう、神さまの前に謙虚に出て、説教の準備に励むことでしょう。自分か語ることばを神のことばとして聞こうと待っている方々がいるのですから。このようにしてお互いを尊重し合い、互いに愛し合う教会が造られていくのです。
 
 私は聖書学院のインターン生の途中から、ある教会に遣わされました。その教会を創立された牧師と、交代で礼拝の説教をさせていただくことになりました。その教会で最初に説教をさせていただいたとき、私はヨハネ黙示録第二章、エペソの教会に宛てて書かれたところから、「初めの愛に帰ろう」と題して語らせていただきました。今から考えると、何と無謀な説教をしたことかと思います。「あなたに対して責むべきことがある。あなたは初めの愛から離れてしまった」というのですから。「教会の事情を何も知らない若造が、生意気なことを言うな」と言われても、仕方がありません。しかし、礼拝を終えたとき、まっ先にその教会の牧師夫人が私のところに来て言われました。「島津さん、今朝のメッセージはこの教会に対する神さまからのメッセージでした。ありがとう」。謙虚にみことばを聞く姿勢を教えていただいた一言でした。

 
 
(「りばいばる」9月号)
 
 

8月号

 

無駄はない

 
「神がすべてのことを働かせて益としてくださる」(新約聖書 ローマ人への手紙第8章28節・新改訳)
 
 ある時、ひとり娘が病気で死にかかっていたヤイロという人が、イエスさまのところにやってきました。彼は人目もはばからず、イエスさまの前にひざまずいて、自分の家にきて娘の病気を治して欲しいと願いました。ところが、多くの群衆のためになかなか前に進むことができなかった上に、突然、イエスさまが「誰かが私に触り、私から力が出ていった」と、触った人を探し始めたのです。娘の病状を考えれば一刻も早く家に向かいたいヤイロとすれば、無駄にも思える時間が過ぎていきました。
 
 やがて一人の女性が進み出て、どのような事情でコッソリとイエスさまに触って病気が治ったかを人々の前で告白しました。するとイエスさまは「あなたの信仰があなたを救ったのです。安心して行きなさい」と告げます。ところがそのイエスさまの言葉をかき消すように、ヤイロの家から「お嬢さんは亡くなられた」との悲報が届きました。ヤイロにしてみれば、「だから言ったじゃないですか。私の方が先でしょ。この女性の病気は治ったのだから、それで良かったでしょ。何をグズグズしていたのですか」とでも言いたいところです。しかし、イエスさまは彼に「恐れることはない。ただ信じなさい。娘は助かるのだ」言われました。
 
 ヤイロが「無駄」と感じていた時間の中で、イエスさまは彼のために時間を用いていました。イエスさまに最後の望みをかけて病気を治してもらった女性の証言も、恐れと不安に飲み込まれそうになる中で娘の悲報が飛び込んで来るまさにその時に女性に告げられた「安心して行きなさい」との言葉も、実は、ヤイロのための言葉でもあったのです。イエスさまに期待して訪ねてきたヤイロの信仰を、一回りも二回りも強く、確かなものとするために、その女性の信仰と、彼女を救った神の子救い主なるイエスさまの御業を見ることが必要でした。
 
 神さまにあって無駄なことはありません。私たちが経験するすべてのことも、いえ、私たちが経験していないということすら、やがて私たちが神さまの恵みと祝福を受けるための大切な土台となるのです。
 
「神がすべてのことを働かせて益としてくださる」(ローマ8:28・新改訳)

 

 (「きぼう」8月号)
 
 

9月号

教団の財政上の使命

財務局長
 

「もし、わたしたちが自分の罪を告白するならば、神は真実で正しいかたであるから、その罪をゆるし、すべての不義からわたしたちをきよめて下さる」(Ⅰヨハネ1:9)。
 
 本部主催の夏季聖会は、今年は箱根ではなく、東京聖書学院で行われました。私も全期間参加することができ、4回の聖会のうち2回も恵みの座に出させていただき、幸いな時を持ちました。この御言葉はその時わたしの胸に強く迫ってきた箇所です。きよくなければ神の国を受け継ぐことができないという厳然とした信仰に立つ限り、つねに素直に罪を告白し続けることが、祝福の源であると示されました。
 
 数週間前からある信徒の厳しい言葉が脳裏から離れません。それは、教団の財政についてであります。皆さまのご理解をいただきたく少し詳しく述べさせていただきます。現在全国の教会から本部費を納入していただき、教団の運営がなされております。その合計額8000万円余。そのうち割合の高いものから申しますと、苦闘する教会を支援するため謝儀支援として26パーセントにあたる2100万円が、さらに16パーセント、1300万円が聖書学院に支出されます。そしてその他、兼牧支援金、教会教区活動費、次世代育成費、宣教師派遣費等に本部費が使われています。このような働きは、個々の教会単独では困難なことがらであり、教団だからできる働きと言えましょう。教団の財務関係の資料は、公開されておりますので、ぜひご覧になり、御理解いただきますようお願いします。
 
 ネヘミヤ・プロジェクトが、完成間近であります。教団として負担する5700万円を、10年で返済しなければなりません。現在の教団の財政状況を考えると厳しいと思われますが、これは主のわざです。大いに期待して、なお続けてお祈りと献金をお願いいたします。

 
(「りばいばる」9月号)

聖会案内

全国秋季聖会のご案内
◆北海道聖会
9/17 ~ 18
北海道クリスチャンセンター(札幌)
講師/中道善次牧師
◆東北教区クリスチャン・ミーティング
10/ 8~9
 岩手県金ヶ崎町「みどりの郷」
講師/島津吉成牧師
◆奧羽聖会
11/3 赤湯温泉むつみ荘 
講師/中道由子牧師
◆信越聖会
10/9 松本教会 
講師/ 鈴木英夫牧師
◆武毛聖会
10/8 ~ 9 ふれあいの丘
講師/大前信夫牧師
◆千葉聖会
9/17 ~ 18
マロウドインターナショナルホテル成田
講師/高橋誠牧師
◆四国秋季聖会
9/18 松山済美会館
講師/岡田邦夫牧師
◆九州聖会
9/17 ~ 18
 八代グランドホテル
講師/大前信夫牧師

東京聖書学院


 

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