胎児から成人までの一貫した教案誌 個人的な学び・家庭集会にも最適

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 このコーナーは聖書の光の子どもデボーション (子どもだけでなくてもいいのですけれど…)のページをそのまま載せてあります。自由にコピーしてフリガナをつけたり、文字の大きさを変えたり、言い方を変えたり、 みなさんのクラスの子どもたちに合わせてアレンジして使ってください。

ソロモンは、神さまを礼拝する立派な神殿を七年かけて建てました。そこでイスラエルの人たちを集めて、神殿を神さまにささげるお祈りをし、お祝いをする時を持ちました。

6月13日(日)列王上八1~9

 神殿には神の箱が収められました。神の箱には十戒が書かれた板が入っています。この箱は、神さまがいつもともにいてくださることを示しています。神殿は神さまがそこにおられ、イスラエル人の生活の中心が神さまであることをいつも思うところなのです。

6月14日(月)列王上八10~13

 目に見えない神さまが神殿におられることをどうやって知ることができるのでしょうか。神さまは雲でご自分がおられることを現されることがあります。この時も神殿が雲で覆われました。祭司たちは雲で何もできなくなるほどでした。目に見えない神さまが、雲で神殿をいっぱいにすることで、神さまが今神殿におられることを教えてくださいました。

6月15日(火) 列王上八14~21

 イスラエルは、エジプトの奴隷生活から神さまによって救い出されました。そこからずっと神さまがイスラエルの神として導き、人々もこのお方を信じ従ってきました。ソロモンが神殿を建てたのは、この神さまがいつもイスラエルの中心におられることを心に刻むためでした。

6月16日(水) 列王上八22~26

 神さまは約束された言葉を実現されるお方です。だからソロモンは自分の子孫もずっとイスラエルの王であることを祈り求めました。でも神さまがその約束を果たしてくださるためには、ソロモンと子孫たちもまた、神さまに従うことが必要でした。

6月17日(木) 列王上八27~53

 天におられる神さまを本当に神殿の中に入れることはできません。でも神殿や神殿に向かって祈る祈りが聞かれるなら、だれでも神さまがともにいてくださることがわかります。ソロモンの祈りに私たちも心を合わせましょう。神さま、私たちが人や神さまに対して罪を犯した時、悔い改めてあなたにゆるしていただけますように。飢饉や病気がみんなを襲う時、どうぞ助けてください。あなたをまだ信じていなくてもあなたに助けてくださいと祈る人のお祈りを聞いてください。

6月18日(金)列王上八54~61

 「神さま、昔からずっとイスラエルとともにおられたように、私たちを見捨てないでください。私たちも主の言葉に従って歩むことができますように。」ソロモンの祈りは終わりました。

6月19日(土) 列王上八62~66

 ソロモンと一緒に神殿を神さまにささげた人々は、心から喜んで家に帰りました。神さまがしてくださったいろいろな出来事のすばらしさで心が満たされていました。

 ソロモンの後、イスラエルは北イスラエルと南ユダ王国の二つに分かれてしまいます。アハブ王の時代、北イスラエルは、偶像であるバアルを拝むようになってしまいました。

6月20日(日)列王上十八1~6

 イスラエルには、3年も雨が降っていません。雨が降らないとどうなるでしょうか。食べ物ができなくて生活が苦しくなります。バアルの神は雨を降らせて、畑を豊かに実らせる神のはずなのに。バアルではなく、本当の神さまは雨を降らすことも降らさないこともできるお方です。

6月21日(月)列王上十八7~15

 預言者エリヤは、アハブ王の家来オバドヤに会いました。オバドヤは神さまを信じていたので、アハブ王の妻イゼベルに殺されないよう、大勢の神さまの預言者をかくまっていました。エリヤはそれまで、神さまを信じているのは自分しかいないと思っていたので、仲間がいるのを知って励まされました。

6月22日(火) 列王上十八16~19

 エリヤはアハブ王に対決を挑みました。カルメル山でどちらの信じる神さまが本当の神さまなのか決着をつけようとしたのです。エリヤ対バアルとアシェラを信じる預言者との対決でした。

6月23日(水) 列王上十八20~24

 カルメル山に国中の人が集まりました。どうやって本当の神さまを知ることができるのでしょうか。エリヤは言いました。「祭壇を作って、その上に薪とささげる牛をのせなさい。でも火をつけてはいけない。自分の神さまにお祈りをして火をおこしてくだる方が本当の神さまだ。」どちらが本当の神なのかと迷っていた人も、だれもがそれはいいと賛成しました。

6月24日(木) 列王上十八25~29

 はじめにバアルの預言者たちがお祈りをしました。「バアルよ、私たちに答えてください。」朝から昼まで祈り続けても答えはありません。体に傷をつけて血を流して、神さまに答えてもらおうと一生懸命声を張り上げましたが、何も起こりませんでした。人が作った神は神ではないので、命も力もないのです。

6月25日(金)列王上十八30~40

 エリヤの祭壇は、薪も牛もたっぷり水をかけ、祭壇の周りの溝まで水でいっぱいでした。こんなに濡れてしまって大丈夫なのでしょうか。しかしエリヤがお祈りすると、天から火がくだって、全てを焼き尽くしたのです。すべての人が「本当の神さまは主だ。」とひれ伏しました。

6月26日(土) 列王上十八41~46

 ついにイスラエルに雨が降り出しました。エリヤが祈り求めたからです。人も畑も動物たちも喜んだでしょう。本当の神さまは、自然を造り支配しておられます。雨を降らせ、天気を与え、私たちを生かしてくださっています。

 大勝利をおさめたエリヤでしたが、イゼベルの一言で、エリヤの心が大きくくじかれました。あのエリヤがすっかり元気をなくしてしまったのです。

6月27日(日)列王上十九1~2

 アハブに偶像を拝ませた妻イゼベルは敗北したのです。それなのに、イゼベルは自分が負けたとは思いませんでした。そしてエリヤに「復讐してやる」と宣言しました。本当の敵はイゼベルでした。

6月28日(月)列王上十九3~4

 これを聞いたエリヤは怖くなって遠くへ逃げました。懲らしめたのに、相手の心に少しも痛手を与えていなかったのです。エリヤの心がくじかれてしまいました。「もう疲れた。神さま、もう死にたいです。」私たちも生きる気持ちが折れてしまうほどの出来事が起こるかもしれません。そんな時「神さま生きるのがつらいです。」と私たちも訴えていいのです。

6月29日(火) 列王上十九5~8

 疲れ切って、もう何もやりたくないと思う時、あなたはどうしますか。食べて寝るとひとまず元気になります。エリヤは眠りました。天使が食べ物と飲み物をくれました。神さまはエリヤに休みを与えてくださいました。おかげで遠くまで行く元気が湧いてきたのです。

6月30日(水) 列王上十九9~10

 四十日間かけて、エリヤはホレブの山にやってきました。神さまは問いかけます。「エリヤよ、あなたはここで何をしているのか。」「自分は一人でがんばってきたけれど、もうどうしようもない気持ちになってしまいました。」だからエリヤは神さまのみ言葉を聞きにきたのです。

7月1日(木) 列王上十九11~14

 「私の前に立ちなさい。」と神さまが言われました。神さまが洞穴の前を通り過ぎられたので、岩が割れ、地震が起こり、どきどきするようなことが起こりました。それから神さまのかすかな声が聞こえてきたのです。エリヤに「あなたはここで何をしているのか。」とまた神さまは言われました。ここはエリヤのいるべき場所ではないのです。

7月2日(金)列王上十九15~18

 エリヤは3つの仕事を命じられました。アラムの王とイスラエルの王として神さまが選んだ人に油を注いで新しい王を任命すること、そしてエリシャをエリヤの次の預言者として育てることでした。さらにたった一人になったと嘆くエリヤには7千人の仲間がいると励まされました。

7月3日(土) 列王上十九19~21

 エリヤはエリシャに会いに行き、彼のマントをエリシャに投げかけました。それは「あなたは神さまから預言者に選ばれた」ことを意味していました。エリシャはそれに従いました。エリヤはエリシャを育てることに新たに自分をささげました。 

 待っているものがなかなか来ない時はどうしていますか。お祈りをするといいよ。

7月4日(日)使徒一1〜2

 使徒言行録をだれが書いたか知っていますか?「ルカによる福音書」を書いた医者のルカです。ルカはイエスさまが天に帰られた後、弟子たちが神さまの力に助けられて、伝道していく様子を書きました。時には迫害され、ばかにされ、相手にされないこともありましたが、それでもイエスさまを伝え続けた弟子たちの姿は、私たちにたくさんのことを教えてくれています。

7月5日(月)使徒一3

 イエスさまは、十字架で死なれ3日目によみがえられました。そしてよみがえられてから40日間、度々弟子たちの前に現れて、ご自分が生きておられることを示されて、食事を一緒にし、弟子たちに神の国のことを教えられました。これからは弟子たちがイエスさまの働きを受け継いで人々に伝えていくのです。そのための大事な準備期間でした。

7月6日(火) 使徒一4〜5

 イエスさまは、もう今までのように一緒ではありません。天に帰られるのです。イエスさまがおられないなんて不安です。でも今度は聖霊が弟子たちのところに来てくださり、教え、励まし、力を与え、導いてくださるのです。だからイエスさまは弟子たちに聖霊を待ち望みなさいと言われました。

7月7日(水) 使徒一6〜8

 使徒である弟子たちは、今こそイエスさまが王となって、イスラエルを建て直す時が来たと期待しました。でもイエスさまは、聖霊が来られるのを待ち望みなさいと言われました。イエスさまの言われることも、働きもなかなかわからない彼らが、今度は聖霊によって、イエスさまの言葉がよくわかるようになり、イエスさまと同じように力強く働くようになるのです。

7月8日(木) 使徒一9

 突然イエスさまは弟子たちの目の前で天にお帰りになりましたこれからは弟子たちが聖霊の力を受けて、イエスさまのことを伝えるのです。目の前には見えなくなっても、イエスさまは聖霊を通して、弟子たちと共におられ、助けてくださるのです。

7月9日(金)使徒一10〜11

 弟子たちはいつまでも天を見上げていました。するといつからいたのでしょう。天使が二人そばに立っていて、「イエスさまはまたいつか来られますよ」と教えてくれました。そう、イエスさまはもう一度また来てくださるのです。私たちもそれを今待ち望んでいます。

7月10日(土) 使徒一12〜14

 イエスさまの約束された聖霊をいただくために、弟子たちはみんなで、エルサレムのいつもの家に集まりました。「神さま、聖霊を与えてください。」と心を合わせてお祈りしました。

 私には何もない、そう思う時がありますか。大丈夫です。イエスさまを信じることは、何よりもすばらしいものを受けています。私を救って、心を愛でいっぱいにしてくださるイエスさまを、他の人にも差し出して、一緒に喜べる、そういうすばらしいお方を私たちは持っています。

7月11日(日)使徒三1〜5

 自分のことをじっとみつめるペペトロとヨハネ。二人はさらに男の人に「私たちを見なさい」と言いました。「何をもらえるのかな。」男の人は期待しながら二人を見ました。なんとこの出会いが、彼の人生を全く変えることになりました。

7月12日(月)使徒三6〜8

 ペトロには高価な持ち物はありません。でもこの世界にあるどんなものよりもすばらしいものを持っていたのです。それはイエスさまでした。「イエスさまの名前によって立ち上がり、歩きなさい。」その言葉で、歩いたことのなかったその人は歩き出しました。彼は金や銀よりも、もっとすばらしいものをいただいたのです。

7月13日(火) 使徒三8〜10

 歩けなかったのに、歩けるようになったのですから、こんなにうれしいことはありません。「神さま、ありがとうございます。あなたはなんとすばらしいお方でしょう。ハレルヤ!ハレルヤ!」歩き回り、踊り回り、神さまへの賛美が止まりませんそんな彼を見た人々はびっくり仰天しました。だって、歩けなかったあの人が歩いているし、踊っているのですから。

7月14日(水) 使徒三11〜16

 歩けなかった人が歩いているのです。なんて不思議なことでしょう。ペトロがしたのかな?それもヨハネなのかな?集まった人たちはどうやったのか知りたくてたまりません。でもペトロの言葉にもっとびっくりました。それは自分たちが神の子イエスを殺してしまったこと、でも死んだのによみがえって生きていると言ったからです。

7月15日(木) 使徒三16

 だれが歩けるようにさせたのでしょう。イエスさまです。イエスさまの名前には力があるのです。歩けるようになった人は、足だけでなく、心と全身が元気にされました。

7月16日(金)使徒三17〜20

 ペトロの言葉を聞いて人々は、イエスさまを十字架で殺したことは、取り返しのつかないことをしたと心が責められたでしょう。でも「罪が拭い去られる」希望があります。ペトロは言いました。「悔い改めてイエスさまを信じるなら、罪が赦されます。そしてもう一度来られるイエスさまに会えるのです。」

7月17日(土) 使徒三21〜26

 イエスさまは、昔から預言されていた通りに、私たちを祝福して、悪から離れさせてくださるお方として、神さまのもとから来られました。

 熱心なことはいいことです。でももし間違ったことに熱心だったらどうでしょうか。それは恐ろしいことです。

7月18日(日)使徒九1〜2

 「今日はあれをやるぞ!」と私たちは何かに意気込むことがあります。でもサウロが意気込んでいたのは、イエスさまを信じる人たちを脅したり、殺したりすることでした。神さまを信じていたのに、サウロはどうしてそんなことをしたのでしょう。イエスさまを信じていなかったからです。自分が正しいと思っていたからです。

7月19日(月)使徒九3〜6

 サウロはびっくりしました。眩しい光の中からイエスさまの声を聞いたからです。自分が苦しめていたのは、イエスさまを信じる者たちのはずでした。ところがこの声は「なぜ私を迫害するのか。私はあなたが迫害しているイエスである。」と言うのです。信じる者たちとイエスさまは一つです。サウロはイエスさまが本当に生きておられる神の子だと知りました。

7月20日(火) 使徒九7〜9

 サウロは、今まで自分がしてきたことが間違っていたと知って、とても苦しみました。目が見えなくなったことで、今まで心の目が見えていなかったことに気づかされたのです。

7月21日(水) 使徒九10〜16

 アナニヤはイエスさまの言葉に、すぐに「はい」とは言えませんでした。サウロは、イエスさまを信じる仲間たちに、とてもひどいことをしてきたとんでもない悪いやつです。ダマスコに来たことも、自分たちを逮捕するためです。それなのにどうして?でもイエスさまの言葉にさらに驚かされます。「行きなさい。彼はこれから私のために働く人になる。」神さまは、敵であった人でさえ救いお用いになるのです。

7月22日(木) 使徒九17〜19a

 アナニヤはサウロのことを「兄弟サウル」と呼んで、彼のために祈りました。自分たちを苦しめる相手であったのに、アナニヤは仲間として受け入れたのでした。サウロは見えるようになり、洗礼を受けました。イエスさまを敵だと思っていたサウロが救われたのです。

7月23日(金)使徒九19b〜22

 サウロは3日前まではイエスさまに反対して信じる者たちを迫害していたのに、今は「イエスさまこそ神の子です。」と伝えています。これに驚かない人はいないでしょう。神さまのなさることはなんとすごいことでしょう。

7月24日(土) 使徒九23〜25

 命をねらう側であったサウロが、今度はねらわれる側になってしまいました。でもサウロはきっと覚悟していたでしょう。「私の名のために苦しむ」(16)と言われていますから。今度彼はイエスさまの名を熱心に運ぶのです。彼は助けられて逃げることができました。

 夏休み、どんなふうに過ごしたいですか?今年は教会のキャンプができるといいですね。

7月25日(日)使徒十三1〜3

 アンティオキの教会に集まってお祈りをしていた人たちは、聖霊を通して神さまの言葉を聞きました。「バルナバとサウロを宣教に遣わしなさい。」二人は仲間たちのお祈りによって送り出されました。神さまの言葉は、お祈りを通しても私たちに示されます。

7月26日(月)使徒十三4〜12

 偽預言者で魔術師のバルイエスは、総督に神さまの言葉を伝える二人の邪魔をしました。総督が本当の神さまを信じたら、自分はもう必要とされなくなるからです。けれどもサウロが、聖霊の力で彼の目を見えなくさせたので、邪魔をするどころか、一人で歩くこともできなくなりました。神さまの力に、どんな魔術もかなわないのです。総督は本当の神さまの力を知って、イエスさまを信じました。

7月27日(火) 使徒十三26〜39

 パウロ(サウロ)は、新たな町でもまずユダヤ人たちにイエスさまのことを伝えました。「イエスさまは預言されていた救い主です。十字架で死なれたけれどもよみがえられ、私たちに罪のゆるしを与えてくださいました。だからイエスさまを信じるなら、罪がゆるされます。」

7月28日(水) 使徒十三44〜52

 ユダヤ人たちはパウロとバルナバの伝道が成功しているのを見て妬みました。そして彼らはイエスさまを信じないだけでなく、パウロたちの伝道の邪魔をしたのです。でもそうして自分たちがいただけるはずの救いを捨ててしまいました。妬みは正しく聞く心をなくしてしまいます。ここからパウロたちは外国人伝道に力を入れていきました。

7月29日(木) 使徒十四1〜7

 イコニオンでは、ユダヤ人もギリシア人も大勢の人がイエスさまを信じました。でも信じないユダヤ人たちはそれが気に入らず、邪魔をしてきたのです。それでも二人はイエスさまに信頼して堂々と語り続け、神さまの言葉が本当であることを奇跡によっても見せました。

7月30日(金)使徒十四8〜20

 命をねらわれてイコニオンを出た二人はリストラで神さまと勘違いされ、あやうく神さまとして礼拝されそうになります。けれどもそれによって本当の神さまを伝えることができました。しかしパウロは石で打たれて、殺されそうになったのです。それでも二人は伝道旅行をやめることはありませんでした。

7月31日(土) 使徒十四23〜25

 こうしていろいろな町にイエスさまを信じる教会ができていきました。二人は「苦しいことがあっても、信じることをやめないでいよう」と、それぞれの教会を励ましながらアンティオキに戻りました。

 パウロはユダヤ人たちに石をなげられ殺されそうになりましたが、それでもユダヤ人に伝道することをやめませんでした。2回目の旅もまずはユダヤ人から伝えたのです。

8月1日(日)使徒十五36〜41

 バルナバはマルコを伝道旅行につれて行きたいと言いました。パウロに大反対されても、バルナバは一度逃げ出したマルコをあきらめませんでした。バルナバはパウロとは別々に伝道に行くことになりましたが、後になってパウロが認めるほどの良き働き人としてマルコを育てました。

8月2日(月)使徒十六1〜3

 パウロはシラスと伝道旅行にでかけました。そしてそこで出会ったテモテを一緒に伝道旅行に連れていくことにしました。テモテがこれから教会のリーダーになっていけるよう育てるためです。テモテに割礼を受けさせて、ユダヤ人として、ユダヤ人に受け入れてもらいやすくしました。

8月3日(火) 使徒十六4〜5

 こうしてパウロたちは、以前伝道して教会ができた町々を訪ねて、信じる人々を励ましました。信じる生活には、教えてくれる人や励ましてくれる仲間は大切です。パウロたちが来たことで、教会の人々はますます信じる思いが強くされ、信じる仲間も増えていきました。

8月4日(水) 使徒十六6〜8

 旅の仲間に、この使徒言行録を書いたルカも加わります。「わたしたちは」という言葉があることからわかります。この旅は、自分たちが計画した通りには進みませんでした。聖霊が、進もうとすると道をことごとくストップさせたからです。いったい神さまはどこへ進ませようとされているのでしょう。彼らは神さまがきっと示してくださると信じ、ゆるされる道を進みました。

8月5日(木) 使徒十六9〜10

 パウロは夜、夢の中で幻をみました。ある人が「マケドニアに来て、私たちを助けてください。」と一生懸命にパウロにお願いしている幻でした。パウロたちは、神さまがマケドニアへ行くように言われていると確信しました。回り道をしましたが、救いを求めている人に出会う必要な遠回りでした。

8月6日(金)使徒十六11〜13

 パウロはマケドニアの大きな町ピリピにやってきました。そこでもまずはユダヤ人の礼拝場所になっていた川に行きました。パウロはどんなに受け入れられなくても、まずはユダヤ人にイエスさまを伝えました。川のそばには女の人たちがお祈りのために集まっていました。

8月7日(土) 使徒十六14〜15

 ピリピで最初に救われたのは、女社長のリディアとその家族でした。神さまは彼女の心に働いて、御言葉がよくわかるようにされました。彼女は熱心にパウロたちの伝道を支えました。

 思いがけない時に、イエスさまを信じる人が起こされることがあります。

8月8日(日)使徒十六16〜18

 ピリピでの伝道で困ったことがありました。占いをする女の人が何日もついてきては、大声でパウロたちについて叫び続けたのです。女の人に取り憑いた悪霊の仕業でした。それが何日も続くので、困ったパウロはイエスさまの名前でついに悪霊を追い出しました。悪霊によって宣伝されることは、良いことではないからです。

8月9日(月)使徒十六19〜21

 悪霊から自由にされた女の人は占いができなくなりました。貧しい奴隷で、人々にいいように使われていましたが、イエスさまによって救われました。ところが彼女を使っていた人たちはお金儲ができなくなったので、大損したとかんかんに怒り出しました。パウロとシラスを悪者にして訴えたのです。

8月10日(火) 使徒十六22〜24

 二人はちゃんと調べられることもなくムチで激しく打たれて、牢屋に入れられていまいました。女の人は自由になったのに、反対に二人は手にも足にも枷がはめられて、自由に動けません。背中のムチのあとがとても痛みます。思いがけないことになりました。でもここでも神さまの働きが行われるのです。

8月11日(水) 使徒十六25

 ムチで激しく打たれて、牢屋に入れられる。こんな目にあったら、きっと私たちは思うでしょう。「どうしてこんな目にあわなければいけないんだ。」と。でもパウロとシラスは背中が痛む中でも、神さまへの賛美を歌っていました。そしてお祈りしていたのです。こんな時にも賛美と祈りをささげたのは、それによって、慰められ、励まされるからです。そして二人の賛美と祈りを牢屋の囚人たちはみんな聞き入っていました。

8月12日(木) 使徒十六26〜28

 突然大地震が起こりました。囚人たちの部屋の扉が開き、腕や足にはめられていた鎖もみんなはずれてしまいました。看守はみんな逃げたと思い、死んでお詫びしようと思いました。でもパウロの声が聞こえました。「死んではいけない。私たちはだれも逃げていないから。」。なんと不思議なことでしょう。だれも逃げず、牢屋に留まっていました。

8月13日(金)使徒十六29〜31

 看守は体が震えました。神さまの奇跡を体験したからです。パウロとシラスの賛美と祈りが、囚人たちを牢屋に留めたのだと思いました。二人の信じている神さまが働いてくださったのだと知りました。

8月14日(土) 使徒十六32〜34

 看守と家族は神さまの言葉を聞いてイエスさまを信じ、洗礼を受けました。むち打たれ、牢屋に入れられ、恐ろしい地震の後に、大きな喜びが与えられました。

 パウロはシラスやテモテより一足先にアテネにやってきました。前にいた町でも危険な目にあったためです。二人は残って、できたばかりの教会をしばらく育てる働きをしました。

8月15日(日)使徒十七16

 アテネにはたくさんの偶像が置かれていました。世界中でこれほどの神々が拝まれているところはないだろうと、アテネの人たちはいろいろな神を拝む自分たちこそ立派だと誇っていたのです。パウロの心にはそういう人々の間違った思いに対する怒りとイエスさまを伝える情熱がめらめらと燃え上がりました。

8月16日(月)使徒十七17〜18

 アテネには「神は本当にいるのか」とか「何のために生きるのか」「自由とは何か」など、いろいろなことを「なんでだろう」と考えたり、話し合ったりする哲学者がたくさんいました。パウロは彼らにイエスさまの救いについて伝えました。物事の正しさや真実を求める人々にとってイエスさまの言葉は必ず答えになると信じていました。

8月17日(火) 使徒十七19〜21

 確かにアテネの人々はパウロの話す言葉に興味を持ちました。そこでパウロは、アテネの哲学者たちが意見を戦わせるアレオパゴスで話すことになったのです。イエスさまのことを伝える絶好のチャンスです。アテネの人々にとってまだ一度も聞いたことのない新しい教えはとてもおもしろそうで、みんな知りたがっていました。

8月18日(水) 使徒十七22〜27

 パウロは話はじめました。「いろいろな神さまを拝んでいるあなたがたは、神さまを大事にする人々です。あなたがたは知らない神さまのことをも拝んでいますが、そのお方こそまさにこの世界と私たち人間を造られた神さまです。世界を造られた偉大な神さまは、人のお世話はいりません。この神さまを探すなら、ちゃんと会ってくださいます。」

8月19日(木) 使徒十七 28〜29

 私たちは神さまに命の息を与えられて、生きています。神さまは、私たちが生活の中で見ているものとはまったく違った姿のお方です。だからどんなに上手に神さまを彫ったり、造ったりしても、全然似ていません。人には神を造ることはできないからです。

8月20日(金)使徒十七30〜31

 本当の神さまを知らないことは、神さまではないものを神さまと信じてしまう罪を犯します。だから悔い改めて、死から復活されたイエスさまを信じて、本当の神さまに立ち帰ることが必要なのです。

8月21日(土) 使徒十七32〜34

 イエスさまの復活を信じられない人たちは、パウロをあざ笑い、それ以上聞かなくなりました。でも、私たちにとって本当の神さまが死よりも強いことは何よりも希望と救いです。

 私たちは時々勘違いします。それは良いことをたくさんしている立派な人が救われて、そうでないと救われないと思うことです。でも安心してください。イエスさまを信じるだけでいいのです。

8月22日(日)ガラテヤ一3〜5

 ガラテヤ教会では間違った教えで教会が混乱していました。そこでパウロは教会に正しい信仰を伝えるために手紙を書きました。「みなさんに、恵みと平和がありますように。恵みと平和は、イエスさまが私たちを罪から救うためにご自分をささげてくださったことです。この神さまこそほめたたえられますように!」。

8月23日(月)ガラテヤ一6〜9

 パウロは、ガラテヤの人々が正しい信仰から離れてしまったことが残念でなりませんでした。それは、イエスさまを信じるだけでなく、ユダヤ人のように割礼を受けて律法を守らなければ救われないという教えを信じた人たちがいたからです。パウロは間違ったこと教える人々に対しては、「呪われるべきです」と厳しい言葉を書きました。

8月24日(火) ガラテヤ一10

 パウロは、「私がこう書くのは、人気を取るために、楽な教えを語っているのでしょうか。それとも神さまに従おうとしているのでしょうか。」とたずねています。もちろんパウロは、人気を取るためではなく、イエスさまの僕として従い、イエスさまの救いを正しく伝えようとしているのです。

8月25日(水) ガラテヤ一11〜14

 パウロは誰か人から聞いたのではなく、イエスさまが直接彼に現れて、イエスさまを神の子救い主だと信じました。それまで彼は、教会とイエスさまを信じる人をだれよりも熱心に迫害していました。神さまのためにそれが正しいことだと思っていたのです。ところがそれが大きな間違いだと知ったのです。

8月26日(木) ガラテヤ一 15〜23

 神さまはパウロを、生まれる前から外国の人々にイエスさまを伝える人として選んでおられました。パウロは教会のリーダーのペトロと会って、自分がイエスさまを信じたこと、伝える者となったことが認められました。教会を苦しめていた人が、伝える人になったというニュースは、彼と会ったことのない人たちにとっても、神さまのすばらしい奇跡として喜ばれたのです。

8月27日(金)ガラテヤ二1〜6

 ペトロと会ってから14年後にもう一度、バルナバと割礼を受けていないテトスと一緒に、ペトロや使徒たちに会いに行きました。そして割礼を受けなくても、信じるだけで救われることを確認したのです。

8月28日(土) ガラテヤ一7〜10

 ペトロはユダヤ人に、パウロは外国人にイエスさまを伝える使徒にされていることも確認しました。

 パウロはアテネで、イエスさまが復活されたことを伝えると、笑われてしまいました。さすがのパウロも落ち込みました。

8月29日(日)使徒十八1〜4

 コリントの町にやってきたパウロに、神さまはアキラとプリスキラという夫婦を仲間として与えてくださいました。落ち込んでいたパウロにとって二人は大きな励ましとなりました。パウロはテント造りをしながら、ユダヤ人にもギリシア人にも伝道をしました。

8月30日(月)使徒十八5〜6

 シラスとテモテがやってきました。パウロの気持ちはますます元気になり、チームでイエスさまを伝えることに集中しました。ユダヤ人に「イエスさまこそ、救い主です。」と力強く伝えましたが、彼らはパウロをののしりました。パウロはそこを離れ、さらに外国人伝道に力を入れることにしました。

8月31日(火) 使徒十八7〜8

 パウロは外国人のテテオ・ユストの家を集会所にして伝道をはじめました。なんとその家はユダヤ人会堂の隣にありました。するとユダヤ人会堂のリーダーとその家族がイエスさまを信じたのです。こうしてユダヤ人の中からも救われる人が起こされました。そしてコリントの町の多くの人も信じて洗礼を受けました。

9月1日(水) 使徒十八9〜11

 パウロは行く所の多くで、ユダヤ人の反対を受けて危ない目にあいました。だから恐れる心も時々わいてきたでしょう。でも神さまはパウロに言われました。「恐れるな。語り続けよ。あなたの安全は守られる。この町には私を信じる人が大勢出てくる。私はあなたと共にいるよ。」恐れると伝道する気持ちも弱くなります。でもみ言葉によって強められたパウロは、そこで1年半イエスさまを伝えました。神さまが共にいることは、どんなものよりも強い私たちの力です。

9月2日(木) 使徒十八 12〜17

 ある時、ユダヤ人が「パウロはユダヤ教の教えにそむくことを教えているので、懲らしめてください。」と訴えました。ところが総督ガリオンは、「それはユダヤ人同士の問題で、ローマの法律とは関係ないことだ。自分たちでなんとかしなさい。」と言ってみんなを追い出してしまいました。こうしてパウロは危害を加えられずに守られました。

9月3日(金)使徒十八18〜23

 パウロはついにコリントを離れ、エフェソやエルサレムなど他の町を回って旅を終えました。しかしまたすぐに教会を励ますために旅立ちました。

9月4日(土) 使徒十八24

 エフェソに残ったプリスキラとアキラは、伝道者アポロに、彼がまだ知らないイエスさまの教えを伝えました。二人のおかげで、アポロはますます良い働きをできるようになりました。

 夏休みが終わり、学校が始まりましたね。2学期の学校生活も祝福されますように。

9月5日(日)使徒二十1〜6

 パウロは長くいたエフェソを離れて、仲間と一緒に献金を届けにエルサレムへ向かいました。その後はローマへ行くつもりです。エフェソで教会の人たちを励まして別れ、次はマケドニア州で信じる人々を励まして、さらにギリシャにやってきます。エルサレムへ向いながら、いろいろな町の教会や信じる人々を回っては信仰を励まし続けました。

9月6日(月)使徒二十7〜12

 トロアスでの集会で、パウロは夜中になっても語り続けました。パウロにとっては、明日の出発を前に伝えたいことを残らず話したかったのでしょうし、青年が居眠りをしてしまったのも無理はありません。3階の窓から落ちて死んでしまうなど、大変ショックな出来事でしたが、パウロの祈りによって生き返る奇跡を体験しました。神さまは人を生かすお方だと、みんなが慰められたのです。

9月7日(火) 使徒二十13〜21

 パウロたちは船でミレトスに来ました。そこでエフェソの教会の長老たちを呼び寄せて、お別れの言葉を語りました。パウロはエフェソでの伝道を振り返ります。涙があり、危ない体験や、苦しいことなどたくさんの大変なことがありましたが、パウロたちは一緒に乗り越えてきました。パウロがひたすら教え続けた愛する教会でした。

9月8日(水) 使徒二十22〜24

 聖霊がパウロに、「エルサレムへ行きなさい。でもそこでは牢屋に入れられるし、とても大変な目にあうだろう」と教えられていました。それでもパウロは、イエスさまから与えられた働きをやり通せるなら、命も惜しくないと覚悟していました。どうしてそんなふうに思えたのでしょうか。どんなものよりもすばらしいイエスさまという宝をいただいているからです。

9月9日(木) 使徒二十 25〜31

 パウロはもうエフェソの人たちとは会えないでしょう。そしてエフェソ教会も、間違った教えで心が迷わされ、教会の中がかき乱されると予告します。でもパウロから聞いたイエスさまの言葉に従っていくならば乗り越えられるのです。み言葉には、私たちの困ったことや苦しいことを乗り越えさせる力があるからです。

9月10日(金)使徒二十32〜34

 パウロはエフェソ教会を神さまとみ言葉におまかせしていました。自分は去っても、み言葉がちゃんと信じる人たちを成長させ守ってくださると信じていたからです。

9月11日(土) 使徒二十32〜38

 みんなでひざまずいて祈りました。もうパウロと会えないと思って人々は泣きました。辛い別れでしたが、お互いを神さまに任せました。

 パウロは裁判でも取り調べられていても、どんな状況も伝道するチャンスにして、イエスさまを証し続けました。

9月12日(日)使徒二五1〜12

 パウロはエルサレムで勘違いされて逮捕されてしまい、2年もの間牢屋に入れられていました。ユダヤ人たちはなんとかしてこれを機会にパウロを殺そうと企みました。総督フェストゥスはユダヤ人たちの訴えを聞きましたが、パウロに罪のないことはわかっていました。しかしパウロは、総督の打算によって簡単に釈放されませんでした。そこでパウロはローマ皇帝に裁判をしてもらうことをお願いしました。

9月13日(月)使徒二五13〜22

 挨拶にやってきたアグリッパ王に、フェストゥスはパウロのことを報告しました。パウロがユダヤ教のリーダーたちに訴えられているが、何も罪はないこと、彼らが問題にしているのは、死んでしまったイエスという男をパウロは生きていると言っていることだと。アグリッパはパウロに興味を持ち、彼から話を聞きたいと思いました。

9月14日(火) 使徒二五23〜27

 アグリッパ王と妹ベルニケは、「大いに期待しつつやって」きました。パウロの話を聞きたいと楽しみにしていたのです。二人の前に引き出されたパウロにとっては、王や総督にイエスさまのことを伝える絶好のチャンスとなりました。牢屋にとらわれていても、こういう形で、それも地位のある人たちにも伝えることができたのでした。

9月15日(水) 使徒二六1〜11

 そもそもパウロはどうして逮捕されているのでしょうか。ユダヤ教の人も、イエスさまを信じる人も、神の国が来る時には、救い主が来て、神さまを信じて死んだ人がよみがえると信じていました。でもユダヤ教の人々は、自分たちが十字架につけたイエスさまが、みんなが待っていた救い主で、死からよみがえられたお方だとは信じませんでした。だからイエスさまのことを伝えるので逮捕されたのです。そういうパウロもまたイエスさまを信じない熱心なユダヤ教徒でした。

9月16日(木) 使徒二六 12〜18

 イエスさまを信じる人々を苦しめていたパウロに、天からまぶしい光が照らされてイエスさまが現れ、イエスさまを伝えるように命じました。パウロは変えられました。

9月17日(金)使徒二六19〜23

 パウロは、自分に現れたイエスさまの言葉に従って、ユダヤ人にも外国人にも、大人にも子どもにもイエスさまを信じ悔い改めように伝えてきたのです。

9月18日(土) 使徒二六24〜32

 パウロはフェストゥスにも、アグリッパ王にも、そしてその場所にいてパウロの話を聞いた人みんなにイエスさまを信じてほしいと語りました。

 パウロは裁判を受けるために、ローマの軍隊に守られてローマへの旅をすることになりました。

9月19日(日)使徒二七1〜8

 パウロとその仲間たち、そして他の囚人たちは、ローマの軍隊と一緒に船で旅を始めました。パウロと一緒にいたアリスタルコは、エフェソで迫害にあった人でした。けれどもイエスさまを信じることをやめないで、パウロと一緒に行動していました。

9月20日(月)使徒二七9〜12

 冬の海は荒れます。私も冬に10時間かけて船に乗ったことがありますが、あまりに激しく揺れるので、酔ってただ寝ていることしかできませんでした。パウロは「これからの船旅はとても危なくて、命の安全も守れないですよ。」と忠告しましたが、百人隊長は、船の専門家の意見を信頼しました。他のみんなも、もっといい場所で冬を越したいと思いました。

9月21日(火) 使徒二七13〜20

 出発した時は穏やかだったのに、台風のような大嵐にあい、自分たちでは船を操縦できなくなりました。流されるままになり、積荷を捨てたり、船具を捨てたり、とにかく、なんとかこの大嵐が過ぎ去るのを待ちました。しかし何日もおさまらない嵐の中で、ついに、もう自分たちは助からないと、絶望的な気持ちになってしまいました。

9月22日(水) 使徒二七21〜26

 パウロの言ったとおりにしていたら、こんな目には合わなかったでしょう。でももう遅いのでしょうか。いいえ、パウロには希望がありました。神さまの約束の言葉をいただいたのです。「パウロ、恐れるな。あなたは皇帝の前に立つ。船のみんなも助かる。」と。だからパウロはみんなに言いました。「私は神の言葉どおりになることを信じています。」本当に大変な時、私たちを助けるのは神さまのみ言葉です。それが必ずなるからです。

9月23日(木) 使徒二七 27〜32

 ついに陸地に近づいていることがわかりました。ところが船員が小舟に乗って逃げ出そうとしたのです。もし彼らがいなくなったら、自分たちでは安全に陸地へあがることはできません。パウロは気づくとすぐに叫びました。百人隊長も今度はパウロの言葉にすぐ動いて、船員たちを船に留めました。

9月24日(金)使徒二七33〜38

 14日もの間、みんなご飯を食べていませんでした。パウロは食事をして元気になろうと言いました。「生きのびるためには食べよう。大丈夫です。みんな必ず助かります。」パウロはみんなに大きな慰めと元気を与えました。

9月25日(土) 使徒二七39〜44

 船は難破しましたが、泳いだり、何かにつかまったりして、なんとか陸地に着きました。神さまの約束どおり全員が助かったのです。

 パウロたちがたどり着いたのは、マルタ島でした。島の人たちは親切にもてなしてくれました。

9月26日(日)使徒二八1〜6

 島の人々は、パウロが毒蛇に噛まれたら、罪の罰を受けたと思い、死なないでぴんぴんしていると今度は神さまだと思いました。でもどちらでもありません。毒蛇に噛まれてもなんともなかったのは、彼が神さまなのではなく、神さまによって守られていたからです。

9月27日(月)使徒二八7〜10

 パウロはさらに長官プブリウスのお父さんの病気のためにお祈りをし、手をおいて癒やしてあげました。すると大勢の病人たちがやってきてパウロに治してもらいました。パウロは、神さまから与えられた聖霊の力で治すことによって、イエスさまこそ救い主であることを島の人たちに伝えたのです。

9月28日(火) 使徒二八11〜15

 パウロたちは、3ヶ月経ってまたローマに向けて出発しました。船旅が終わり、歩いてローマへ向かう道で、「きょうだいたちに」会い、ローマに着くと「きょうだいたち」が出迎えてくれました。この「きょうだいたち」というのは、イエスさまを信じる間たちのことです。囚人であるのに、こんなに自由にイエスさまを信じる人たちと会うことができたのは、旅を長く一緒にしてきた百人隊長が、パウロを信頼したからでしょう。

9月29日(水) 使徒二八16

 ローマに着いたパウロは、番兵の見張りが一人ついていましたが、牢屋ではなく、家に自分だけで住むことができました。おかげで、パウロは外には出られませんでしたが、彼の仲間たちはいつでもパウロに会いに来ることができました。

9月30日(木) 使徒二八17〜22

 ローマのユダヤ人たちは、パウロの悪い報告は聞いたことがありませんでした。彼らは、同じ教えのようだが、自分たちとは違った考え方を伝えているようだから、そのことについて聞かせてほしいと言いました。こうしてパウロは、ローマでもユダヤ人たちにイエスさまのことを伝える道が開かれました。

10月1日(金)使徒二八23〜28

 大勢のユダヤ人がパウロの家にやってきたので、パウロは朝から晩までイエスさまのことを語りました。ある人は信じましたが、ある人は信じませんでした。パウロは信じない人々に「あなたがたは聞いても理解しないし、見ても認めない。預言者イザヤが言ったとおりだ。」と言いました。自分の国の人が信じないことはパウロにとっての心の痛みでした。

10月2日(土) 使徒二八30〜31

 パウロはローマで2年間、だれにも邪魔されることなく、彼のところにやってくる人はだれでも受け入れて、イエスさまのことを伝えることができました。